【コラム】母親との関係に悩んでいる人へ

じゃばみ(@jabamichan)です。

今日は私のオリジナル曲『原点』をご紹介しつつ、母親との関係に悩んでいる人の心が少しでも楽になるように、自分の経験談を交えながらお話したいなと思います。

まずはこちらをご覧ください。

『原点』というオリジナル曲です。

2018年2月25日に西宮GALWAYで行われたライブでの映像です。


 

【『原点』作曲にあたって】

 

MCでも言ってるのですが、今年のお正月は私にしては珍しく、実家に帰ることができませんでした。

そんな引きこもりのお正月は、自分の過去を遡るという時間を過ごしました。

作詞をするにあたって、かさぶたを剥がす作業、傷をえぐり返す作業を私はよくやります。

泣きながら歌詞を書くこともある。

…というのも、やっぱり自分の歌に対して誠実でありたいし、人生を見つめた上で自分なりの答えを歌に提示したいから。

 

「どんなに暗い歌にも希望のエッセンスを必ず入れる」

これはアコギでの弾き語りを始めてからの私の決め事の1つです。

 

そのようにして生まれた『原点』ですが、母親との関係に悩んでいた中学時代の自分に向けて作った曲です。

 


 

 

【母への反発心で人生を形成してきた過去】

 

娘にとって、同性の母親は厄介な存在であるということはネットでも話題に上がっていることではありますが、うちの場合もそうでした。

割とすんなり生まれた私に比べて、何度かの流産の末やっと生まれた兄は、我が家系で20年ぶりに生まれた男の子であり、おまけに小さい頃は兄は体が弱かったので、それはたいそうかわいがられました。

性格も穏やかで、お母さん子だった兄。

それに比べて、兄ちゃんを馬乗りにして遊ぶわ、口は悪いわ、やんちゃくれな私。
同じ家に生まれてどうしてこうも違ったのかしら。

そういうことで、兄とはいつも比べられて育ってきました。

 

鹿すらこっちを見ていませんが、ピースを向ける純真無垢な中学生。(私だ。)

鹿だけにしかとされていますが(汗)、ピースを向ける純真無垢な中学生。(私だ。)

 

一番つらかった中学時代。

兄は中学でも高校でもクラスで1位2位を争うような優秀な学生でした。

私もそれなりに頑張りましたが、兄ほどではなく。

テストの点が悪いと兄を引き合いに、ひどくけなされました。

 

私の自尊心は母親によっていつもズタボロに、加えて好きな男の子の文句まで言われました。

今から考えれば、心配する親心も分かりますが、私は当時、自分が一人の人間としての扱いを受けているという風に思ったことはありませんでした。

「子どものくせに生意気」と一蹴され、私が何を感じ、考えているかなんて全く関心がないようでした。

 

実は私が生涯を通して音楽にこだわってきたのは、自分が歌が好きってことは大前提ですが、中学生の時家族でカラオケに行った際に母が兄の歌ばかりを褒めたことにかなり嫉妬したということがあります。

後に、高倉健が文化勲章をもらった時のインタビューで「私は母親に褒められたことがなく、それだけを目標にやってきた」という言葉を聞いて、自分の執着は悪いことではなかったんだと思いましたが。

 

 

私の母は、塾の経営をしていたこともあってか、人を学歴で判断するところがあります。

なので、何を置いても勉強、勉強の日々。

遊びに行った友達の家にまで押しかけてきて、連れて帰らされた時もあります。

 

そういうわけで、ずいぶんと窮屈な中学時代を過ごしました。

高校時代は早く家から出て、自分らしい人生を歩むべく(自分の人生を取り戻すべく)大学進学を志し、朝から晩まで勉強に費やしました。

青春の「せ」の字もありません。

 

晴れて実家から離れた、希望の(親の期待に存分に応えた)大学には行ったものの、自分にとっての大学進学は口うるさい親から離れて暮らすための口実作り、また、親に自分という存在を認めてもらうためだけのパフォーマンスにすぎず。

そういうわけで、ろくに勉強もせず、大好きな音楽に没頭しました。

 

周りが就活を始める頃に就活をするものの、やはり自分自身が就職したいと思っていないからうまくいくわけがない。

この時期にも、母からは毎晩のように電話がかかってきて私の人生にとやかく口を出してきました。

その後やっとのことで就職するものの、半年で退社。

 

その頃くらいからですかね、私に対する諦めが生まれたのか、母がとやかく言わなくなったんです。

むしろ、音楽活動を応援してくれるようになった。

根負けしたと言ってもいいのかも。

 

それ以後は、当時の保護者(元旦那さん)や現旦那さんのおかげで今日までフリーターでも好きな音楽を続けながらなんとか生きてきました。

※自分は完全にパラサイト人生であるという自覚はあります。女冥利に尽きる人生とも言えます。

 

 

もちろん今私の目の前にある幸せな生活は、そうやって歩いてきた一歩一歩の積み重ねで、1cmでも違う方向に歩いてたら今の私はいないので、今更過去をどうこうと言う気はありません。

 

でも、私も大人になり、姪っ子や甥っ子がいて、自分もできたら親になれたらいいなと思っているところで、あの時(中学時代)に苦しかった自分はどんな言葉が欲しかったんだろう?とずっと考えていました。

そして、この『原点』の歌詞を考えているうちに、

あの時の私みたいに今苦しんでいる中学生や高校生がいるとしたらどんなメッセージを残せるだろう?

そんな風に思いました。

だからこそ、あえて分かりやすい言葉で、中学生の自分に歌ってあげる気持ちで歌詞を書きました。

 

 


 

 

【母を客観的に考えられるようになった今】

 

そうそう、先日電話で

『原点』の動画見たよ〜」と母。

恐る恐る「どうやった?」と聞くと、

「あの時からあんたとのバトルは始まっとったんやねぇ。でもいい歌と思うよ」と。

 

・・・バトルね。笑

私も一生懸命やったけど、母も同じように一生懸命だったんだとは思っています。

 

 

こんな風に客観的に母のことを考えられるようになるまで30年もかかりました。

でもこれでやっとあの時の呪縛(ずっと抱えてきた母親に対するわだかまり)から解放されたような気がします。

私は言われたことを真っ正面から受け止めるような素直な子やったんですが、世の中はそれじゃやっていけないってこともやっと分かってきたし。

 

それってつまり、母親のこともそうだけど、自分のことも客観的に考えられるようになったってことなのかな。

とは言うものの、口喧嘩は相変わらず絶えません。

おそらく一生涯続いていくものと思います。笑

なぜかと言うと、私は1対1の個人として意見していても、母親にとったら私はいつまでたっても子どもだからです。

でも、それも分かってるし、今は自分の人生を生きている感覚を持っているから、昔みたいには悩んでいません。
(しょっちゅう愚痴は言ってますよ。笑)

 

IMG_1301

セピアにしてみました(そういう時代じゃないからね)。母を見つめる私の写真です。

 


 

 

【母親との関係に悩んでいる人へ】

 

上記のように自分の経験を考えてみると、母親との関係性について悩んでる人って、もっと噛み砕いて考えると、母親に自分の人生を支配されているように感じている人なんじゃないかな、と思います。

そんな風に悩んでいる人にせんえつながら私からアドバイスできるとしたら、と思うことを書いておきますね。

少しでも参考になればと思います。

 

まず、「まともに受け取らず意見の一つとして捉える」ということを意識すると冷静でいられるのかなと思います。

他人だったらできるんやけど、母親の言葉の力って絶大やから、それができたら苦労はしないんやけどね。。汗

心配してくれていると分かっているからこそ悩むんよね。

だから、そこは感謝するとして。

 

口喧嘩してお互い嫌な気持ちになって、母親の心配性がエスカレートしてしまうと元の木阿弥やから、「心配してくれてありがとう、でも大丈夫。私はこう生きるわ」って、キラッキラの笑顔で母親を黙らせる方がいいと思います。

 

 

そして、物理的な距離をある程度とる方がいいです。

同居の場合は、自分一人になれる時間と空間(例えば外のカフェとかバーとかでも)を1週間のうちに1度は確保しておくこと。

ずっと一緒にいると冷静な考えができません。

また、何かを始めようとしているタイミングで横槍を入れられると、最初の一歩が踏み出せなくなります。

 

 

反発したら親を傷つけるのでは?という心配はいりません。

自分の人生の一番最期に責任とるのは親ではなく自分です。

反発したら親を傷つけると思うのは自分自身が一歩踏み出さないための言い訳になっていませんか?

自分を育ててくれた親と自分自身が養ってきた、自分の中の正義を信じて生きていけば大丈夫。

ただし、感謝の気持ちを忘れずに。

 

 

不安になったら、是非、私のオリジナル曲『原点』を聴いてください。

もう一度動画貼り付けておきますね。

・・・中学生に向けて作ったつもりだけど、完全に大人向けでしたね。笑

1人でもこの歌を聴いて心が楽になってくれたら嬉しいです。

では、今日はこのへんで。