大井ふるさとまつりの模様をYouTubeにアップしました

夫婦円満ユーチューバーKŌJIYA 嫁のじゃばみ(@jabamichan)です。

今日は2018年11月に開催されました、私のふるさと、山口県萩市の小さな集落での「ふるさとまつり」のことを書きたいなと思います。

 

文章を読むのがつらい人はダイジェストでまとめましたYouTubeを是非ご覧ください^^

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【大井ふるさとまつりってこんなイベントでした】

 

では、さっそくふるさとまつりの様子をレポしたいと思います。

会場は私の母校、萩市立大井小中学校の敷地内。(私の通っていた当時は中学校と小学校は別でした。)

会場内にはぐるりと周囲を囲うようにテントが張られ、模擬店が出されていました。

 

会場入りするや否や「味見にどうぞ」と、みなと自動車のお兄さんがカントリースープを差し入れしてくださいました。

大井は日本海と野山に挟まれた土地で、山の幸も海の幸も両方いただける素敵な場所。

味噌ベースのお汁に特産品の玉ねぎはもちろんのこと、さつまいもや魚のつみれが入っていて、具だくさん。

ゆずがほのかに香って、とても美味しいスープでした^^

 

さきほど特産品の玉ねぎと書きましたが、大井の玉ねぎは収穫し乾燥させた後、皮を最後の1枚を残してむき、軍手などで磨いて出荷します。

汚れたシワシワの皮を落とした、つやつやとした玉ねぎは「みがき玉ねぎ」と呼ばれ、見た目の美しさだけでなく、ジューシーで甘く濃い味が近隣の県に人気なんです。

人口減少によって生産が多くないために、あまり全国では知られていないんですがね・・・

ふるさとのひいきめじゃないですよ、北海道産や淡路島産と勝負してもいいと思います。

そんな大井の玉ねぎのつかみどりをやっていました。

しかも無料で。笑

田舎ならではですね。

 

ちなみに、みがき玉ねぎは、皮をむきすぎて白いとこがちょっとでも見えたら規格外。

うちは両親が玉ねぎを作っているので、規格外が我が家にやってきています。

 

海の町らしく、昆布やひじき飯なんかも販売していました。

他にも、あったかいうどんや、焼き鳥、焼き芋の販売、紙芝居や抹茶席などいろんなお店がありました。

 

会場中央にはステージが設けられ、長靴飛ばし大会と大声コンテストが開催されました。

参加者は大井小中学校の生徒たち。

人数こそ少ないですが、元気いっぱいでほほえましかったです。

 

そして、みなと自動車のお兄さんと、教頭先生のコラボライブ。

まさかのRCセクション!

楽しかったです^^

 

 

我々KŌJIYAもライブをさせていただきましたが、後ろの方で中学生が音楽に合わせて踊ってくれたり、知ってるおばちゃんがにこにこしながら聴いてくれたりで、あふれんばかりのふるさとの愛をもらいました。

本当、最近ライブで思うのは、音楽で人に元気とか希望とかそういうのを与えられるようになりたいと思っているのに、私いっつももらってばっかりだな〜と。

お世話くださった皆さま、ご来場くださった皆さま、温かいお言葉、笑顔をありがとうございました!

 

その後は保育園児のダンスや、中学生の合唱、保護者会の合唱など地域の文化祭的な要素も。

そういえば体育館では、工芸品や絵画、写真などの展示もされていましたね。

 

そして、クライマックスは餅まき!

もちまきの時間になると急に人が増えたwww

大井じゅうの人が来たんちゃうか。

わざわざ萩市長さんが餅まきに来てくれたこともあってか、会場は大盛り上がり。

遠くで写真を撮りながらでも、飛んできた餅を拾ったら6個は拾えたので相当な量の餅がまかれたものと思います。笑

山口県民の餅まき好きって今までそんなに意識したことはなかったけど、会場に来ていた私の同級生は餅まきに参加するがためにわざわざ広島から帰省したんだそう・・・!

おもしろかったです。

 

そして最後は、長靴飛ばし大会&大声コンテストの表彰式。

なぜか私は賞品を渡す係に任命された上、挨拶もさせられるというw

貴重な体験でしたね^^

 

 


 

【ふるさとまつりに参加したきっかけ】

 

11月って帰省シーズンでもないし、特別思い入れのあるイベントというわけでもありません。

じゃあ、どうして「ふるさとまつり」なんかに行くことになったのか?

それは9月に亡くなった私のばあちゃんのお葬式の後、参列してくださった近所のみなさんと食事会をしていた時のこと。

実家の隣に住んでいたおじさん(以後Mさん)が「今、ふるさとまつりの係をしているんじゃけど、是非出演してもらえないか?」と声をかけてくださったのです。

Mさんのお父さんには帰省のたびにおみやげを持って行って顔を見せることにしているのですが、Mさんとはあまり話をしたことがなく。

後々聞いてみると、Mさんもドラム経験者で、現在は自宅をスタジオみたいにしてギターを弾いて楽しんでいるそう。

隣に住んでるってだけで、何にも知らなかったな〜と思いました。

灯台下暗し、とはまさにこのことですね。

 

ばあちゃんの四十九日には帰れそうもなかったので、お墓まいりもかねて、せっかくの機会だし出演しようと思ったのがきっかけです。

Mさんはお声をかけてくださっただけでなく、荷物が多くなっては大変だから、と機材のお世話を何から何までしてくださいました。

いつか一緒に音楽ができたら楽しいだろうな、と帰省の楽しみがまた一つできました。

人ってどこで繋がるかわからないものですね。

繋げてくれたばあちゃんと、ずっと気にかけていてくださったMさんに感謝です。

 

 


 

【活動後記】

 

保育園から中学校までずっと1クラスという過疎地域。

私が自分のことばっかりしか見えてない上で行動したり発言したりしちゃうので、クラスではどうしても浮いてしまっていたと思います。

それでいて情緒不安定で不器用で、でもプライドだけは高くて。

そんでもって目立ちたがりっていう、アンバランスな自分で。(今も変わってないw)

卒業してからは、何度か同窓会と称した飲み会に参加したことがありますが、なんとなく居心地が悪く感じてしまったのは、お互いに生活が全く変わってしまって何を喋ったらいいか分からなくなってしまったからだと思う。

親になった友人たちが遠い存在に感じてしまったってこともある。(実際に会話も子育てネタばかりなので話に入れない。)

次第にグループラインもうっとうしく感じて、抜けてしまいました。

そういう感じで、同級生にも何のお知らせもできずに当日を迎えてしまいました。苦笑

コミュ障かよwww

 

そんな複雑な心境も正直ありましたが、、、

 

私が音楽活動を始めて早12年。

まさか自分の母校で歌うことになるとは夢にも思いませんでした。

凱旋って言うには・・・紅白にもMステにも出てないけどw

でも、母校で歌えるっていう奇跡。

それが叶う人って、日本中に何人いるやろうと思います。

たっくさん回り道して、失敗もして全然かっこよくはないけど、今日までやめずに頑張ってきたから、こういう奇跡にも立ち会えたんやな、と思います。

 

頑張っても夢は叶うとは限らないけど、頑張ってたら自分も変わるし、意図せず周りも動いてくれる。

それが自分の本当にやりたいことならば。←これ大事

 

うっすらと思っていたことですが、最近は確信に近いです。

 

「こんな田舎なんて出て行ってやる」

そう思って飛び出したふるさとが、16年経っても尚私に力をくれる。

だから、私は頑張り続けるしかないと思います。

そしてまたふるさとに何か恩返しできたらいいなと。

 

その時はもっと自信持って、同級生にも声かけれたらいいなぁ・・・

 

 

では、最後にもう一度YouTube貼り付けておきますね。


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これからも表現活動を頑張ってまいりますので、夫婦ともどもよろしくお願いします!

では、今日はこのへんで。