【4コマ漫画】テトロドかあさん #2 音楽だけは

テトロドかあさん タイトル画像

夫婦円満ユーチューバーKŌJIYA 嫁の じゃばみ(@jabamichan)です。

4コマ漫画「テトロドかあさん」、本日で2回目の投稿となります。

この作品は4コマ漫画と言っても、私の人生を振り返って少しずつシーンを切り取って作品にしているので、まだまだたくさん描きたいなって気持ちでいます。

少しずつではありますがアップしていきますので、よろしくお付き合いくださいませ。

4コマ漫画 テトロドかあさん

 


【音楽での成功と人生での成功とは】

 

「音楽で成功する」とは、具体的にどういったことを指すのか。

(ここでは主に弾き語りミュージシャンやロックバンドのことを話しています。)

 

一般的には、メジャー契約をしてCDが全国で発売されて、ミュージックステーションや紅白に出演して・・・

というのがそうでしょうね。

 

母世代(60代後半)であれば間違いなくそう考えるでしょう。

もちろん平成の時代までは、ヒットチャートに名を連ねることを夢に、アルバイトをしながらライブハウスに出演し続ける人たちも多く、私自身もそういう人たちの中で活動をしてきました。

CDを作っては全国ツアーをして、ツアーファイナルには盛大にワンマンライブをして・・・

関西ではメジャーは難しいから、と上京する人もいました。

 

私も売れたいと思っていたのは事実ですが、「なんで住み慣れてる場所から離れないといけないの?」とか「全国ツアーとか疲れるし意味あるん?」と違和感ばかり感じていました。

メジャーシーンで活動したいかどうか、も自分の中では疑問だったのもあります。

 

「きみは命をかけてないからだろう」と思われるかもしれません。

でも、心がそうしたいと思わなかったことが私の真実であり、その判断に後悔はしていません。

逆に、自分がやりたいと思えばなんだってやってきたんです。

 

 

だからというわけではないけど、広義では音楽では成功しなかった。

 

でも、です。

 

私はこの記事を書いている時点で、音楽活動歴13年になりますけど、この13年で音楽でマネタイズできているなと思う人って数えるほどしか会えていません。

だから結局みんな音楽とは関係のないバイトで稼いだお金で生活をし、音楽をする。

ライブハウスではチケットノルマが課されることが多いので、収支はよっぽどお客さんを呼ばない限りマイナスになります。

それが当たり前の世界だと思っていました。

 

しかしながら私は、運良く応募作品が入賞して賞金を手にしました。

自分の作った音楽が認められ、お金になるというシーンに遭遇したのです。

 

以来、ライブハウスの出演は潔くやめましたが、結婚パーティーや、お店の周年イベント、忘年会や同窓会の余興など・・・ギャラをいただいて歌うことも増えました。

 

それって、チケットノルマを払いながらライブハウスに出演していた私にとっては、ちょっとした「成功」だと思ってるんです。

最近はネットでそういったスキルを販売するようなサイトもあるので、好きなことをマネタイズしやすい時代になってきたなと感じていますが、それを肌で感じられている私も稀有な存在だな、と。

とは言うものの、マネタイズできたかどうかで成功かどうかの判断はしたくはないんですけどね。

(母世代はそう思うだろうと思って書いているまでです。)

 

これまでの活動の中で、こっちが格下だと思って大きな口を叩いてきた人にも会ってきました。

15年前、私に偉そうに言っていた人の誰1人、ミュージシャンとして生き残っていません。

(別に何とも思ってないけど、振り返ってみればダサいヤツだったな、と)

 

それだけ、やりたいことをやり続けるって普通の人には難しいことなんだろうと思います。

 

 

私が続けてこられた理由は、単純に私が強運の持ち主だからだと思っていますが、それって貴重なこと。

ここぞと言う時に、ひかえめながら手をさしのべてくれる、よくわかんないけど音楽の神様はいるんだなと思うし、すごく感謝しています。

 

そして、音楽を通して経験してきたことは何よりの財産です。

それって、狭義での「成功」と呼べるんじゃないでしょうか。

少なくとも、相方とは音楽をしてなかったら出会ってないでしょうから。

 

 

そういう意味で、「とてもじゃないけど言えない」っていうのは一般的には・・・ってことです。

でも、そのちょっとした成功とも呼べる瞬間を、母も知っていたはずなんです。

 

 


 

 

【音楽が母にもたらしたこと】

 

私と母は、同じ高校の卒業生。

ここ数年は、高校のOB会や同郷会にゲストとして呼んでいただいており、その際にたまたま母の幼なじみだと言う男性に声をかけられました。

そのことをきっかけに、母は50年以上ぶりに幼なじみと電話で話をすることができたのです。

私が音楽をしていなかったら遭遇しなかった場面だろうと思います。

 

他にも、毎年出演している酒蔵の蔵開きに今年は母がいとこを呼び集め「最近は葬式で集まるのがほとんどやから、こうして良い時に集まれるのはいいね」と親戚一同すごく喜んでくれ、母はすごく満足そうにしていました。

また、地元の新聞や高校の同窓会の冊子に記事が掲載され、「地元の人から声かけられたよ」と嬉しそうに言っていたこともありました。

 

 

今まで心配かけてばかりやったから、少しは恩返しできたのかなと思っていました。

 

 

ところが。

 

連休で帰省した際のシーン。

甥っ子は3歳でちょうどパトカーや消防車が大好きなお年頃。

兄家族と父母と私と相方で晩ごはんを食べながら

「将来は警察官か消防士さんになりたいんだって」

なんてほほえましい会話を交わしていたまさにその時でした。

 

「音楽だけはやめとった方がええよ」

 

母が甥っ子に放った言葉です。

 

 

母には、音楽で出会ってきた素敵な瞬間なんて関係なかったのか。

 

 

 

まず音楽を否定されたことが悲しかったし、その音楽で得られた機会や思い出、私の恩返しできたのかなと嬉しかった気持ちまでもが全て否定されたように感じて胸が苦しくなりました。

喜んでいた母の姿を見て少しでも嬉しく思った自分を疎ましくも思いました。

 

その後は甥っ子や姪っ子の手前怒ることもできず、ひたすら気をそらしました。

楽しかった晩ごはんが一瞬にして最悪な空間になりました。

 

 


 

【娘には何を言っても許される】

 

母としては「苦労をしないように」と、孫への忠告のつもりで放った言葉なのかもしれません。

しかしながら、私のいる目の前でそういう発言をしてしまう無神経さは、「娘には何を言ってもかまわない」という思い込みがあるからでしょう。

 

母親は同性の娘に対して、自分の分身のように思うと言います。

だから、どんなに娘を傷つけるようなことを言っても自分は許されると思ってしまう(無意識にもね)。

今回のケースはちょっと違うけど、母はそれに甘えて、ダメな私の話を引き合いに出すことで自分の身を守りながらも相手にへりくだるような会話の仕方をこれまでに何度もしてきました。

そのたびに私は傷ついてきたのです。

 

毒母の多くは、自分が毒母だなんてみじんも感じていません。

むしろ、愛情深くて良い母親だと思っている人がほとんどだと思います。

だから、娘が今まで体内に蓄積させている「毒」を理解させるのは、とっても難しいことだと感じています。

 

そういうわけで、結果的に「距離を置く」という対処法しか今のところできていません。

この先この漫画を描き続けることで、何か見えてきたらいいなと思っています。

 

 

つづく。