【4コマ漫画】テトロドかあさん #9 救世主

テトロドかあさん タイトル画像

夫婦円満ユーチューバーKŌJIYA 嫁の じゃばみ(@jabamichan)です。

4コマ漫画「テトロドかあさん」は、アダルトチルドレンだと自覚するじゃばみが、アダルトチルドレンを克服するために描いているノンフィクション漫画です。

まずは、今日の4コマ漫画をどうぞ。

テトロドかあさん 4コマ漫画


 

【親に感謝してないわけない】

 

4コマ漫画にすると、どうしても1部分だけを切り取るので

「ご両親に感謝できないのはよっぽどだったんだね」

「傷ついているんだね」

と反響をいただいております・・・^^;

 

誤解もあるかと思いますので書いておきますと、私自身は両親にはすごく感謝していますし、この漫画は決して復讐だとか不幸自慢のために描いているのではありません。

 

これまでの人生で感じてきた「生きづらさ」って一体何だろう?

私と他の人と違うところって何だろう?

そう思った時に行き着いた「アダルトチルドレン」と「毒親」という概念。

 

もしかしたら私もそうなのかもしれない。

そう思っていた矢先に勃発した母とのケンカ。

(ケンカという表現にも違和感がありますが・・・)

 

基本的には、

「どうしたらより良い親子関係が築けるか?」

「また親子で会話できる日がくるだろうか?」

ということを模索するために描いているものです。

 

幼少時代から身についてしまった思考の傾向を、自己分析しながらひも解いていくことによって、自分らしい生き方をこれからしていくためのトレーニングでもあります。

なので、時に表現が鋭くなってしまうこともあります。

でも、それを自重することは結局誰かの目線を気にしながら生き続けることを選択することになってしまいます。

 

どうか温かい目で見ていただけたら(見なくてもいいんです)と思います。

 


 

【対照的な祖母と母】

 

さて、前回までの「テトロドかあさん」では窮屈な小学校時代の私の様子を描いてきました。

 

学校の帰り道にあった母の塾。

小学校の低学年の頃だったと思いますが、どうしても塾に寄るのが嫌で、近くの商店に助けを求めたことがありました。

近くの商店・・・と言っても、塾を通りすぎてしばらく歩いた場所にあった商店。

顔なじみの商店でも何でもなく、どうして幼い私がそのお店に行ったのかわかりません。

 

「塾を通り過ぎて来てしまった」

という罪悪感

「でも行きたくない」

という葛藤に耐えられず、助けを求めたと考えるのが自然かな、と思います。

 

このエピソードは、ばあちゃんがまだ元気な頃に私に聞かせてくれたんです。

ばあちゃんがお店に偶然行った時、私が

「おなかが痛いのに塾に行かなきゃいけないの」

と泣いていたそう。

(当時から嘘泣きや仮病は私の常套手段だったので、本当におなかが痛かったかどうかは定かではありません。)

 

ばあちゃんはそんな私をカブの荷台に乗せて家に連れて帰ってくれました。

 

内向的で、人付き合いが苦手な母と違い、ばあちゃんはお祭りが大好きで、人前に出ることやおしゃべりが大好きな明るい人でした。

父は婿養子なので、ばあちゃんは母の実母なんですが、ずいぶん対照的だな〜と思います。

 

ばあちゃんは勉強を強要することはなく、畑仕事や家事の手伝いをするといつもほめてくれました。

 

 

そこで生じる疑問。

こんなおばあちゃんから、どうしてヒステリックな教育ママが生まれるんだろう?

 


 

【コンプレックスが母を教育ママにした】

 

さて、この謎を解くヒントは母の言動にしっかりと現れていました。

ばあちゃんの生前、私は母がばあちゃんを罵倒するシーンをたびたび目撃してきました。

 

「ボケるにはまだ早い!」

「なんでそんなバカなんかね!」

「私はあんたに育ててもらった覚えはない!」

 

その言葉から推測するに、母はばあちゃんのことをずっと下に見てきたのではないか、と。

 

そして、もう少しさかのぼると、ばあちゃんの義理の母であるひいばあちゃんが亡くなった時、ひいばあちゃんの亡骸に向かって言ったのが

「ばあちゃん(私にとってはひいばあちゃん)のカタキをとっちゃるけぇね」

という一言でした。

 

当時私はまだ中学一年で、よく把握できていなかったのですが、ひいばあちゃんの介護をばあちゃんが怠ったか何かで、そのカタキをとるというような意味だったと思います。

 

 

上のようなことから推測して、母が子供の時、ばあちゃん(すなわち母の母ですが)は畑仕事で日中は家におらず、ひいばあちゃんが母の世話をしていたのではないか、と。

 

ひいばあちゃん・ばあちゃんと母の構図が、ばあちゃん・母と私の構図にぴったりとあてはまるのです。

 

畑仕事ばっかりで頭の悪い母ちゃんなんか大っ嫌い。

 

そんな気持ちが母の心のどこかにあったのではないかと思います。

しかしながら、自分も高校時代に勉強を挫折してしまった。

加えて言うと、兄を産む前に流産を繰り返していたため、兄を無事に生むために帰りたくもなかった実家に帰らなければならなかった。

父は一流企業の出世街道から離れ、慣れない土地で低賃金の労働をするしかなかった。(その企業に残っていれば部長クラスになれたんじゃないかと思います。)

 

片田舎で畑をたがやして細々と暮らすなんてくそくらえと思って上京したのに。

これじゃ、母ちゃんと同じ人生じゃないか。

 

 

あくまでも推測にすぎないので、どこまで合っているかわかりませんし、確かめようもありません。

でも、そう考えると納得がいく気がします。

 

そうして

「子供には自分と同じような人生を歩んでほしくない」

と思ったんだと思います。

 

その気持ちが「なんとしても勉強させなければ」という義務感に変わったのではないか、と。

 

つまり、母の持つばあちゃんへの軽蔑、田舎と貧しさに対する強いコンプレックス、出戻ってしまった経験が母を教育ママにしたんじゃないかと思います。

 


 

 

でも私が母を反面教師として思うことは、

田舎も貧しさも、それ自体が不幸なんじゃないってこと。

 

一番不幸なことは、幸せを感じる心を持っていないこと。

 

 

私がこれまでのシンガーソングライター活動で作ってきた歌に「日常にある幸せ」をテーマにしたものが多いのはそういうことだったんですね。

母は歌詞カードを開いて読むなんてことはしてないでしょうけど、歌以外でも、私はこれまで「母さんは幸せなんだよ」って再三伝えてきたつもりです。

 

私の幸せを願う前に、もう一度自分の幸せを確かめてみたらいいと思います。

 

叶わなかった理想の自分なんてちっぽけなもの、いつまでもくよくよ引きずってたらあっという間に棺桶です。

 

私もくよくよせずに、やりたいことやって死んでいきたいものです。

(なんだか出口が見えてきたような。)

 

つづく