【毒親4コマ漫画】テトロドかあさん #10 勝ったのに

テトロドかあさん タイトル画像

じゃばみ(@jabamichan)です。

4コマ漫画「テトロドかあさん」は、アダルトチルドレンだと自覚するじゃばみが、アダルトチルドレンを克服するために描いているノンフィクション漫画です。

まずは、今日の4コマ漫画をどうぞ。

テトロドかあさん 4コマ漫画


 

【後味の悪い日】

 

「かあさんに相撲で勝てたら勉強せんでええよ」

小学生だったある日、勉強を嫌がる兄に母が言った一言だ。

 

兄は気優しい性格で、とうてい勝つことはできないと思っての一言だったのだろうと思う。

兄は、「え〜」とはにかみながら母と相撲をとり、案の定負けた。

母は自慢げに「かあさんの勝ちね〜」と言って、兄に勉強をするように促した。

 

母と兄が畳の部屋でそんなやりとりをしていた時、私はキッチン兼ダイニングのテーブルで、まさに勉強をしていた。

聞き捨てならない。

なぜ兄は相撲をする権利があり、私にはないのか。

 

そこで私は「兄に言うなら私も」と勝負を申し出た。

毎日の勉強でうんざりしていた。

さすがに漫画のような奇襲攻撃ではなかったと思うが、必ず勝ってやろうと思った。

 

「はっけよ〜い、のこった!」

渾身の力でぶつかり、すかさず母の左足に右足をかけた。

相撲の技で言うと「内掛け」だろうと思う。

母は、はずみでドシンッとおしりから倒れたのだった。

 

やった!!!!!

 

もう勉強しなくてもいい!!!!!

 

 

一瞬、心から喜んだ。

 

しかし、倒れた母はすごく痛そうな顔をしていた。

 

もし頭でも打っていたら?

けがをしてたらどうしよう?

 

急に自分がしたことが怖くなった。

幸い母はなんともなかったが、気まずい思いをしたのを覚えている。

 

せっかく勝ったというのに、私はまた静かに机に向かっていた。

なんとも後味の悪い日だった。

 

 


 

【報われない娘はアダルトチルドレンになった】

 

毎日のように強制される終わりのない勉強

どんなに頑張っても褒めてくれない母

深くなっていく友達との溝

 

そんなフラストレーションは日常的に私の心をむしばんでいた。

 

 

それでもそうした努力が実を結び、私は大学受験では現役で神戸大学に合格することができた。

学問に励むためでもない、将来の就職のためでもない。

大学にさえ行けば、母は私のことを認め、私は晴れて勉強から解放される。

そう思い込んでいた。

 

全て母のためだ。

 

でも、大学に入ってからも母からは認めてもらえることはなかった。

彼氏ができたと言うと泣かれ、就職活動にはあれやこれやと口を出された。

とにかく干渉したがり、いちいち文句を言い、頼んでもいないのに助言をしようとする。

私のことは何一つ信用してないんだなと思っていた。

 

その後の人生においても、その姿勢は変わることはなかった。

どんなに自分が幸せだと伝えても、余計な心配をわざわざ話題に持ち出す。

まるで私が、不用意で愚かな娘だと言わんばかりに。

 

どんなに努力しても私のことを認めてくれない。

1対1の大人として話してくれない。

 

そうした思いを持ったまま私は社会に放り出された。

自己肯定感が低く、1人の大人として自信がもてず、常に誰かの目を気にしている。

そんなアダルトチルドレンの私が今ここにいる。

 


 

【母に認められる必要はない】

 

つい最近、私は勉強の大切さを「君たちはどう生きるか」という本を読んで学んだ。

ぜひ母に読んでほしい作品だ。

読んだからと言って理解できるかどうかは別の話だけれど。

 

母は勉強しろとは言ったけど、何のために勉強するのか本当に理解していたとは思わない。

なぜなら母は自分にとって都合の悪いことは見ないようにし、そこから学ぶということを避ける人だから。

そして同じことを繰り返し、何度も何度も同じようなグチをこぼす。

人生において学ぶことを放棄しておいて、人には「勉強しろ」だなんて滑稽すぎる。

 

でも、そうした母の盲点に気づき、自分の人生を歩めるよう冷静に諭すことができなかったのは私の力不足であったということは否めない。

無論、小さい時からそんなことができる子供なんてそう多くはいないと思うが。

 

だからこうして、母と絶縁し、たくさんの情報の中から「毒親」「アダルトチルドレン」といった親子の問題についてリサーチし、自分の人生と比較しながら「どう生きるべきか」を学んでいる。

これが「勉強」だ。

勉強した暁には、過去とは違う未来が待っているはずなのだ。

 

その未来のために、過去を改めて振り返っているのだが、シンガーソングライターとして作る歌にも、就職や結婚といった人生の選択肢にも、今こうして母について書いている文章にさえも、

「私こんなにも母さんに認められたかったんだな・・・」

と感じてしまい、嫌悪感を抱いてしまう。

 

でも、それでいい。

親に嫌悪感を抱いてもいい、というのが勉強の結果わかったことだ。

もう母に認めてもらう必要はない、ということも。

そうして子供は親から自立していくのだ。

 

そう思ったら、少し自由になれた気がする。

絶縁したこと自体はつらかったが、あの日とった相撲よりも意味のある取り組みだ。

 

母はあの日と同じように痛そうな顔をしているかもしれない。

私はあの日と同じように静かに机に向かい、この文章を綴っている。

でも、あの日と違うのは私は自分の意志でそうしているということだ。

 

つづく