年賀状をやめた結果。メールでの挨拶は?

じゃばみ(@jabamichan)です。

さて、以前このブログで年賀状をやめる宣言をし、不安な気持ちを抱きつつも新年を迎えました。

関連記事私が年賀状をやめる理由

 

年賀状をやめた結果、この数日だけでもいろんな気づきがありました。

これから年賀状をやめようかどうしようか迷っている方の参考になれば、と思い経験談を記事にまとめてみようと思います。

 

 


【罪悪感と強迫観念】

 

1月1日、午前中に初詣を済ませ、ポストを見ると数枚の年賀状。

 

今年は年賀状を出すまい・・・と決意したものの、

「あ、この人はおばあちゃんの兄弟の娘さんで・・・」

「私の活動を応援してくれてる人だから・・・」

とさまざまな理由で、心がゆらぎまくる。

 

あげく、

「この人だけは書いておこうか・・・」

と年賀状を書き始める始末。(年賀状は相方が職場の人に出す用に予備があった。)

 

そこで、思った。

 

年賀状を書かなければいけない人と、そうでない人は何が違うのか?

ということ。

 

あの友達には出さなくて、この友達には出すべきと思う理由は何?

もらった親戚には出しておかないと陰で何か言われるのだろうか?

 

自分の心の中で、知らず知らずに忖度がなされ、情なのか強迫観念なのか、よくわからない感情が私にペンを持たせていました。

 

見かねた相方が私に一言。

「思ってる以上に、お前の年賀状を誰も気にしてない。だから出さなくていい」

 

「でも、もらった年賀状にお返ししないと失礼なんじゃないかな、この人は年賀状でしかやりとりしてないし・・・もうどうしたらいいかわからん。。。」

 

へへ、新年早々泣きましたよ。

自分が思ってる以上に、「年賀状という伝統文化」、「一般常識という同調圧力」、「人から嫌われたくないという保身」にとらわれていたんですね。

もらったのに出さないっていう罪悪感も加わり、心は圧死寸前。

 

小心者だな〜www

 

結局、これまで年賀状をくれていた方でメールができない人には、年賀状の返事で「年賀状をやめる」ことを伝えることにしました。

こう見えて、私はとっても義理がたいのです。(自分でも嫌になるくらい。)

自分なりのけじめ、ですかね。

 

 

でも、「年賀状1つで今さら何を言うとんのや。」とツッコミが入ってもおかしくないくらい、今までも好き勝手生きてきたよな・・・と自分の人生を省みて1人赤面するのです。

こんなめんどくさい私に、今まで付き合ってくれたみなさん、本当にありがとう。

この場を借りて、お礼言うておきます。

 


 

【年始の挨拶 メールでのメリット・デメリット】

 

さて、年始の挨拶をしておきたい人には、メールやSNSのメッセージを送ろうと思っていたのですが。

これについても、すごく悩むことになってしまいました。

私の感じたメリットとデメリットを以下にまとめておきます。

 

まずはデメリットから。

誰に送るべきかで悩む

 

この人には昨年もお世話になったから送る、

この人には会ってないから送らない・・・

 

えっと、結局誰に挨拶すべきなんだろうか。

 

私の場合、親戚、友達、ライブのお客さん・・・という感じでカテゴリーが分かれるのですが、送るべき人・送らない人の分別が難しすぎる。

考えようによっては全部送るべきだし、全部送る必要のない人。

その煩雑さを考えたら年賀状の方がマシかも、とさえ思えてしまいました。

 

結局親族と、ごく親しい方、直近で連絡のあった方にのみ送りました。

 

そういう感じなので、年賀状はやめるけど、年始の挨拶はしたいという場合はリストは作るべきだなと思いました。

 

 

元日に送らなければタイミングに困る

 

元日は、朝から初日の出を見に行った後、夜勤だった相方を迎えに行き、スタバで朝食。

その後初詣を済ませて家に帰ってほっとひと息。

年賀状のことをぐだぐだ考えて、そうこうしてる間にお昼ごはんの時間になって、洗い物してひと段落したらYouTubeの撮影をして。

そしたら夜になって、おせちの準備をして。(お酒が飲みたかったのでおせちを夜にしました。)

 

正直、年始のご挨拶メールなんか送ってる余裕はなかった^^;

 

結局、メールを送ったのは2日になってからのこと。

でもそれってタイミングを逃してやいないかしら・・・。

 

そう思ったら、元日に届く年賀状の体裁の美しさったら、と改めて年賀状の良さを感じたりもしました。

とは言うものの、元日に届かない年賀状もあるので、メールもまあ許せ、って気もします。

 

 

連絡が取れない関係性に愕然とする

 

LINEとかそういうのが主流になって、メールアドレス自体使う人が減ってると思います。

でも私LINEで一度設定ミスして、友だちが勝手にたくさん増えてしまい、それが嫌だったので全削除したこともあって、LINEでつながってる人はごくわずか。

なので、「年賀状をやめました」と伝えたくても、メアドが変わっていて、なおかつSNSでさえつながっていないので、連絡できない人も数名。

 

そんな人から

「今年は会えたらいいな〜」

だなんて、社交辞令にもほどがありすぎる。苦笑

どうやって約束するんだよwww

 

そんな関係性を今まで続けてきた事実に愕然としてしまったのであります。

 

 

そんな感じでしたが、メールにしたからこそ嬉しかったこともあったのでメリットとして紹介しておきます。

相手の反応がダイレクトで嬉しい

 

返信が早い人はちゃんとコミュニケーションできてる感があって、嬉しかったです。

 

年賀状はやっぱりタイムラグがあって、その奥ゆかしさが良さといえばそうなんですが・・・。

同じ社交辞令だとしても、メールの方がライトに受け取れる気がします。

会いたければそのメールの返信で約束を取り付ければいいのだけれど。

 

まあ、でもメールやメッセージでつながってることは、会いたいと思う時に会える関係だとも言えるかな。

 

 

 

反応は、メールに返信のない人、「年賀状の件了解したよ」と快く受け止めてくれた人の2通りでしたが、おおむね理解を得られたと感じています。

やっぱり、正直しんどいなと思ってるけどやめる勇気がない・・・という人が多いのかなと思います。

 


 

【生き方の選択】

 

人は年をとるし、いつだって状況は変化し続けているのに、変わらない関係性であろうと思う方が不自然なことだと思います。

私は人付き合いが苦手で、自分から誘うことはめったにしません。

友達と一緒にいる時間は、それはそれで楽しいけど、もっとやるべきことがあるから。

 

自分勝手だと思うけど、そうやって生きてきました。

 

そんな殺伐とした自分ですが、最近「時々気にかけてもらえると、この上なく嬉しい」ということに気づきました。

大学時代の友達から、妊活を気にかけてのメッセージをもらったんですが、気にかけてもらえるって、こんなに嬉しいんだって思いました。

 

年に一度の年賀状は、そういった「時々気にかける」という役割を果たしていてくれたのかもしれません。

しかしながら、逆に「儀礼的な年賀状ほど悲しいものはない」ということも言えると思います。

 

 

なので、これからは年始に限らず、「大好きな人や気になる人のことを時々気にかける」ということをしてもいいかなと思いました。

それを気づかせてくれた友達に感謝。

 

今はひとまず、いち抜けた〜っ!って気持ちです。

年始から悶々としましたが、来年からはすっきりと過ごせるかなと思います。

 

これから年賀状をやめようと思っている方、年賀状をやめることは勇気がいるかもしれません。

でも、年賀状をやめても本当に大事な人とお互いが思っているなら、関係は変わらないと思います。

 

年賀状自体は、素晴らしい文化だと思いますし、続けたい人は続けたらいい。

でも、やめたい人はやめていい。

 

どうしてもこういうのは変化をもたらす方が非難されがちですが、あくまでも生き方の選択であり、それは誰にも、とがめる権利はないのです。

 

良い生き方、選んでいきましょう^^

 

では、今日はこのへんで。