【毒親4コマ漫画】テトロドかあさん #28 あんたなんか産まんかったらよかった

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じゃばみ(@jabamichan)です。

4コマ漫画「テトロドかあさん」は、アダルトチルドレンだと自覚するじゃばみが、アダルトチルドレンを克服するために描いているノンフィクション漫画です。

まずは、今日の4コマ漫画をどうぞ。

毒親 4コマ漫画 テトロドかあさん


 

【母をつけあがらせたのは私】

 

「あんたなんか産まんかったらよかった」

 

「毒親が口にする言葉」ベスト3に入る言葉じゃないだろうか。

そして、それは「子供に言ってはいけない言葉」ベスト3とも言える。

今ならちゃんと返せるけどね、誰も頼んでないよって。

ほとんど記憶もぼやけてしまってるけど、私の自由を尊重する父と言うことを聞かせたい母のケンカだったと思う。

 

一通りの口論の後、母が私の部屋のドアをバンと叩いて放った言葉だ。

 

それが数年後には、「男の子はどうせ嫁のものになるんだから娘を生んでおいてよかった」に変わるんだから、調子がいいことこの上ない。

それくらい、母にとって言葉とは軽いのだ。

だから簡単にそういうことが言えるのだろう。

それが私にどんな傷をつけていたとしても。

 

私も当時は反抗期の真っ只中で、こみ上げる感情をどうしていいかわからず、たまらず電気ストーブを蹴飛ばした。

そして父に平手打ちされた。

 

は?

殴る人、間違ってない?

 

そんなこと言われたとしても物に八つ当たりするなってこと?

 

 

今でもよくわからない。

 

だって、電気ストーブを蹴飛ばしていなかったら母を蹴飛ばしていたかもしれないからだ。

でも、そうした方がよかったのかもしれないとも思う。

 

今までケンカのたびに最終的には私が折れる形を取らざるを得なかった。

父に控訴するがいつも棄却されたのだ。

だから母は痛い思いをすることはない。

つけあがって何度も何度も私を傷つけてきた。

 

あの時、母を蹴飛ばしていれば私も平手打ちではすまなかったかもしれないが、少なくとも生涯にわたって傷つき続け、母への憎しみを募らせなくてもすんだかもしれない。

私のしょうもない優しさが後の自分の首を締め続けていたのだ。

 

「産まんかったらよかった」なんて言う親に情も優しさも必要ない。

厳しく突き放すことが必要だった。

でもそれには痛みが伴う。

母は私をコントロールすることで自分の欲求を満たしたいし、私は母に逆らって親不孝者になりたくないから言うことを聞いてしまう。

 

お互いにいつかはわかってくれる、そんな幻想を抱きながら。

それが、毒親とアダルトチルドレンにありがちな「共依存の関係」とは思いもしなかった。

 

 


 

【産んだことも忘れます】

 

話を現在に戻す。

ケンカをきっかけに絶縁を決めた私は、それまで母が送ってきた荷物を断ることにした。

母に「してやってる」と思われているのが苦痛でたまらなかったからだ。

 

しかしながら、断っているにもかかわらず、何度も荷物が送られてきた。

母が私の気持ちを汲むなんて無理だったのに、ちょっとだけ期待してしまった自分がバカだった。

 

「もう荷物はいりません」とLINEを入れると、今度は

「産んだことも忘れます」と返ってきた。

 

思い悩み、何度も何度も文章を書き直し、やっとのことで送ったものだ。

 

先ほども書いたが、母の中で言葉というものは重みを持たない。

文字にしてしまうと残ってしまうということもわからない。

視覚的に見えるというのは、記憶をより濃く残してしまうのでこういうことはやらない方がいい。

こうして晒されることにもなるしね。

 

そうでなくても、子供の心には親の言葉というのは記憶の奥深くにインプットされてしまう。

それは動物の道理であるからどうしようもない。

だから親の言葉は薬にもなるし、毒にもなるのだ。

 

私が「生んでくださってありがとう」と書いたのは、何もイヤミを言いたかったのではない。

自分の誕生日には連絡をすることが精神的にできそうにないからせめて伝えておきたかっただけだ。

それが最後のLINEになると思っていたからだ。

母にしたら「売り言葉に買い言葉」という気分だったのだろう。

だから、それに対してどうも思っていない。

 

ただ、このLINEをもらった私は怒りと悲しみがやってきたのと同時に、真っ白な世界に、ただ一人ポンと投げ出されたような気分になった。

私はどこからきたんだろう、と。

手足は動く。

頭も昔に比べたらずいぶん冷静に動くようになっている。

 

私はどこへでも行けるんだ。

 

 

初めて自由を感じた。

嬉しかった。

 

 

母の毒が体から抜けた瞬間を感じたのだ。

毒を以て毒を制すってこんな感じなのだろうか。

 

 


 

【母は69歳の少女】

 

人がマイナスな言葉を発する時、その言葉がたとえ相手に向けて放ったものであっても、耳や目を通じて自分の脳が受け取っているということを知っているだろうか。

たまにネットの記事を読んだりするのだが、私の好きな脳科学者、中野信子さんが著書の中でそのような説明をしているので興味があったら読んでみるといいと思う。

 

「産まなきゃよかった」

「産んだことも忘れる」

そういった言葉は、母自身の脳にも大きなダメージを与えたことだろう。

 

女性は特に、ホルモンバランスの関係もあって理性より感情を優先してしまいがちだ。

でも感情を理性でおさえられないなら、子供と同じだ。

子供に子供は教育できないだろう。

 

母は20年近く経っても大人になれなかった、と自ら証明したようなものだ。

 

幻想は崩れ去った。

母は、69歳の少女なのだ。

親だからと言って、私もどこかで買いかぶっていた部分があった。

母が私に期待したように、私自身も親に期待してしまっていたんだと思う。

 

期待しない、干渉しない、コントロールしない。

 

親にそれができないのは、子供時代お世話してきた習慣を変えるのが怖いからだ。

そして、親と子は立場が逆転していく。

そういうもんなのかもしれない。

 

母が少女に思えた今、私もやっと大人になってきたんだなと感じている。

 

つづく