音楽配信始めました!各配信ストアで「じゃばみ」もしくは「jabami」をチェック♪

【毒親エッセイ・テトロドかあさん】 過去をふり返る〜幼少時代〜

テトロドかあさん タイトル画像

【テレビの赤ちゃんコーナーに不快感を抱いていた】

と夕方のテレビ番組では、生まれたての赤ちゃんとお母さんの映像や、小さい子供の映像をコーナーとして取り上げているのをよく目にします。

以前から、私はあのコーナーをどういう気持ちで見ればいいのかわからず、なんとなくの不快感を抱いていました。

そして、それは私が不妊だから、嫉妬の気持ちがそのようにさせるのだと思っていました。

でも、毒親問題について知り、自分の人生をふり返って考えた時、テレビに映る子供のように自分は大切に扱われていたのだろうか?と疑問に感じるようになりました。

この不快感の原因は、不妊による嫉妬ではなく、小さい時に大切に扱われなかったことに対する嫉妬なのではないか、と。


【幼少時代に思い出すこと】

こで、幼少時代を思い返してみることにしましたが、そこに母の姿はなく、ひいおばあちゃんと、怒った父の顔が印象的に残っているだけです。

母は経営する塾で夜遅くまで働いており、昼間私のお世話をしていたのは主にひいおばあちゃんでした。

ミルクや、お散歩はひいおばあちゃんの役目だったと聞いているし、記憶の中でも、夜寝る前に枕元で絵本を読んでくれたことを覚えています。

母は、顔を合わせるとすぐに「勉強しなさい」と言いました。

それがいやで、私は母が帰ってくる前にひいばあちゃんのふとんにもぐりこむというのが常でした。

それくらい、小さな私にとって母は不快な存在だったということです。

母に抱っこされている時

「私お母さんキライ」

と言ったことは、今でも母からグチのように言われるんですが、それは本当の気持ちだったのではないかと思います。

一方、父は私のことをかわいがってくれたと思うんですが、思い出されるのは怒った顔なのです。

唯一残っている記憶は、近所にいつも優しくしてくれるおばちゃんがいて、よく夕ごはんをごちそうしてくれたり、一緒にお風呂に入ったりしてくれたのですが、そうして家に帰るとなぜか私が怒られたということ。

私にはなぜ私が怒られているのか理解ができませんでした。

おばちゃんは私を娘のようにかわいがってくれたし、私もおばちゃんのことが大好きだったからです。

父が怒るという理由で、おばちゃんの家に遊びに行くことはなくなりましたが、今思えば、私を怒ることは正しかったのか?ということ。

おばちゃんに自分が言えないストレスを、そっくりそのまま感情に乗せて私にぶつけていただけなのではないでしょうか。

父が怒ると、空気は一瞬で凍りついた。

怒った後もしばらく無口になり、表情も怖かったので、私はしばらくビクビクしていなければならなかった。

母は私にとっては敵で、父にまで嫌われたら私はどう生きていけばいいのか。

無意識にも、私はそのような心理状態に置かれていたのではないかと考えます。

だから、父の怖い顔しか思い出せないのではないか、と。

そこまで考えると、母が私を怒る時に

「お父さんに言うよ」

と脅し文句のように言っていたことも理解できます。

父に嫌われることは、小さい私が家にいられないこと、すなわち死を意味していたんですから。

母は脅迫によって、父は恐怖を植え付けることによって、私をコントロールしようとしていたことがうかがえます。


【第二子に生まれた私は愛情を省かれた】

には二つ上に兄がいます。

兄は母の二度の流産の後に生まれてきた待望の子供でした。

また、うちの家系においては母の甥っ子が生まれて以来十数年ぶりの男の子ということもあり、母の兄に対する思い入れは相当なものがあったと思います。

例にあげられるのは、

「お兄ちゃんが猫舌なのは小さい時にやけどをしないようにミルクを冷ましすぎたのよ、でもあなたは冷ます前に自分から飲んでいたから猫舌じゃないのよ」

という会話です。

それほどまでに、兄が生まれた時は気をつかい、愛情をかけたのでしょう。

第一子は親も初めての子育てだからあれこれ気をもむけど、第二子には第一子の経験があるから、親のほうはより合理的で楽な子育てをする、ということはよくある話です。

しかし、問題なのは「本来かけるべき愛情の部分をも省いてしまったのではないか」ということです。

親にとっては2回目の子育てでも、第二子にとっては初めての親との時間です。

初めて笑う瞬間も、初めて立つ瞬間も、初めて言葉を発する瞬間も、お兄ちゃんと同じように、あなたは喜んでくれたでしょうか。

私にはそれを確認するすべはありませんし、真実はわかりません。

ただ、同じように育てられたはずの兄と私とは、まるで性格が違います。

本当に同じ家に生まれてきたのだろうか、と思うくらいに。

私が思う、兄との決定的な違いは「自己肯定感」の差です。

兄が困難にぶつかっても、自分がつぶれることなく、今日まで成功の軌跡を歩んできたのは、自分は愛されているという絶対的な自信があるからではないか、と。

しかし、私はこれまでそのような自己肯定感を持てずに生きてきて、なぜ兄は成功し続けるのに、自分は失敗ばかりなのかと感じてきました。

その原因として、兄が受けていた愛情が私の時には省かれていたのではないかと思わざるをえないのです。

優秀な兄とはちがい、私はおむつがはずれたのも文字を覚えたのも遅かった、と聞いています。

初めてできたことを褒められるよりも、兄と比較され、できの悪さに不満を言われることのほうが多かったのではないか、と。

私の心の奥底に居座っている寂しさは、その時からずっといるんじゃないかな、と私は思っているのです。

お金を稼ぐことや、勉強や習い事をさせることは、愛ゆえにしてきたことだとは思いますが、それ自体が「愛すること」ではありません。

父も母も、それをはき違えていたのです。

「愛する」というもっとも大切なことが、幼少時代の私には省かれていたのではないか、と私は思っています。