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【毒親エッセイ・テトロドかあさん】何のための大学だったのか

テトロドかあさん タイトル画像

【仕送りは親子の共依存の形】

学生になった私に、母は生活するのに十分な仕送りをしてくれました。

でも、私は親が生活費を出すのは当然だと思っていました。

私には「親のために大学に行ってあげている」という気持ちがあったからです。

そんな私が大学に行って、授業がおもしろいと思うはずがありません。

そもそも大学受験も親のためにしたようなもの。

最初は友達との交流も楽しかったですが、だんだんわずらわしくなり、授業もどんどん複雑になっていき、まったくおもしろいと感じられませんでした。

入って数ヶ月で

「こんなはずじゃなかった」

と私が愚痴をこぼした話を母から聞きましたが、それは何よりも自分のために大学に行ってなかったからだと最近になって気がつきました。

そういうこともあって余計に、「自分のために大学に行っているのではない」という思いが内面化し、母からの仕送りを使うことは妥当であると思い込んでしまっていたんだと思います。

私は、そのことを依存だとは思いもしなかったし、仕送りがもらえるのにわざわざ自分がしんどい思いをすることを選ぶこともできなかった。(そういう選択肢は私には全く見えていなかったから。)

傲慢で、世間知らずで、弱虫だったと思います。

一方で母のほうは、仕送りをするという親の役目を果たそうという強い責任感の裏側で、承認欲求を得たいという気持ちがかなり強く働いていたと思います。

仕送りのあった日に電話をしないと

「お礼の電話がなかった」

と言って催促してきたのも、自分は感謝されてしかるべき親であると、私から聞かないと気が済まなかったのでしょう。

娘に必要とされたい、親としての威厳が欲しい・・・

母は母で、そのような欲求を満たす存在として私に依存しているのです。(これは現在進行形。)

もっと言うと、私を思い通りに動かすための「エサ」としての役割も仕送りにはあったと思います。

母は電話を毎日のようにかけてきて、いちいち生活を詮索してきました。

それを拒否したりとか、話をしている中で口ゲンカになると必ず

「もう仕送りしてあげない」

と私を脅しました。

これまでも母がそのような「脅し」を使うことは多々あったのですが、結果として私は母に不信感を持つようになり、そのために母はさらに不安になり、私への執着をより強いものにしてきた、という悪循環を繰り返していました。

「脅し」は母の自信のなさからくる行動だったと今なら思いますが、渦中の当人たちには、それがわからないのです。

母の言う通りにしないと罪悪感を感じるし、母の言う通りにすれば息苦しい。

そういう状況を「ダブルバインド(二重拘束)」と言うそうですが、当時の私には、そのモヤモヤの原因が親子関係にあるだなんて思いもしませんでしたし、ただやみくもにもがくことしかできませんでした。

私は仕送りをもらうために結局自分が折れるしかなく、そんなことが繰り返される中で、だんだんと自分の生きるべき道を見失っていったと思います。


【世間知らずでバカな親子】

学生といえば「アルバイト」ですが、私が初めてバイトを初めたのは、大学に入って2ヶ月後のこと。

バイトなんか誰だってできるんでしょ。

今まで学歴主義を徹底的に植えつけられていた私は、そんな風にバイトのことをめちゃくちゃナメていました。

ところが、初めてバイトした持ち帰り専門のお寿司屋さんでは、包丁が使えないと怒られ、次にバイトした派遣コンパニオンでは、お客さんと何の会話をしたらいいかもわからず・・・

修行中だと思ってじっくり腰をすえて働けばどうにかなったかもしれませんが、ここでも

「こんなはずじゃない」

と、自分を鍛えようとはせず、バイトを転々としていました。

「私はこんなことをするために生まれてきたんじゃない」という思いがすごく強かったと思います。

バイトを始めると、母は

「そんなことさせるために大学に行かせてるんじゃないわよ」

などと文句を言ってきました。

でも今なら、バイトは末端でありながら最前線の存在で、大学生ならぜひすべきだと思います。

社会人のマナーをはじめ、顧客対応の仕方、トラブルへの対処方法などなど、机に座っていては学べないことを、お給料をもらいながら学ぶことができるから。

できないことを乗り越えた時の達成感や、お客さんに喜んでもらった時の充実感など、バイトを通して働くことの意義を感じることもできるでしょう。

今、この時代に大企業になっている会社も、はじまりは1人の人が「人の役に立ちたい」と思って始めたこと。

それこそ、今はバイトがやるようなことを創業者自身が全部やっていた時代もあったでしょう。

規模が大きくなったから、人に任せているだけで、バイトも立派な社会活動なんです。

そもそも母が私に希望していた就職先の、いわゆる「大企業」は、そのような小さな仕事の集合体であり、就職というのは、その1つの歯車として働くということにすぎません。

・・・悲しいかな、私はそれを大学ではなく、古本屋さんで買った本でつい最近学んだんですけどね。

私自身も、大学に入学しておきながらそんなこともわからず、本当にバカだったな〜と思いますし、当然母もそれをわかっていないのだから、親子そろって世間知らずだったんだなぁと、今さらながら情けなく思います。


【自分の過去をムダにしないために】

うして考えてみると、私は大学の4年間を本当にムダにしたし、その大学受験に費やしてきた18年間を本当にムダにしたと思います。

母も私も、何のために大学に行くかの本質を理解していなかったのです。

私は上で「古本屋さんで買った本で学んだ」と書きましたが、それは自分が興味を持って自分で学ぼうと思ったから、身についた知識であり、「あなたのためだ」なんて言われて無理やりした勉強なんか、何一つ自分には残っていません。

親には「子供を大学に行かせた」という自負が残ったかもしれないですけどね。

私からすれば、個性は無視され、自由と自主性は奪われ、社会の歯車として囚人のような生き方を選ばされてきたようなもの。

そして、そのために思考的ネグレクト&モラハラ&パワハラを日常的に受けてきたのです。

もし本当に自分の学びたいことに気づけ、そんな世界に背中を押してもらえていたならば、大学生活はどんなに素晴らしいものになっていただろう、と思います。

現状を見れば、学費を払って学位をもらっただけです。

(私の場合は家が貧しくて授業料免除だったので、実質タダということにはなりますが・・・大学には申し訳ないです。)

もしかしたらそれは、高度経済成長期に生き、集団就職をした時代の人特有の考え方で、その時代の人にはそんな囚人みたいな生き方が板についてしまってるから、それ以外の考え方をすることはできなかったのかも。

だからと言って、私が苦しんできた記憶は消すことができません。

そして、親ならば・・・もし子供のことを大切に思っていたならば、時々立ち止まって考えることはできなかったのかと思うのです。

それをしなかったということは、親が「子供のために考えるのを放棄」することを選んだ、すなわち私の心を黙殺することを選んだということです。

母のことばかり書いてきましたが、そのことを静観してきた父も共犯者です。

一生懸命な親をやってたつもりでも、実際には、子供を大切に思う行動には繋がっておらず、心理的虐待によって私を苦しめ続けてきたのです。

そんな人に私の人生を翻弄されてきたのかと思うとやるせないですよ。

でも、せめて自分の過去をムダにしないように、これから私にできることは、親みたいな人間にならないように、反面教師にすることです。

物事をいろんな角度から考えること。

日々、思考をアップデートすること。

学ぶ姿勢と謙虚さを忘れないこと。

これからはそれを大切に生きていこうと思います。

そうすれば、親の存在もムダにはならないだろうから。