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【毒親エッセイ・テトロドかあさん】男性依存の原因は親に愛されなかった寂しさかもしれない

テトロドかあさん タイトル画像

【寂しさを埋めてくれるなら誰でもよかった】

学に入って数ヶ月、私に初めて彼氏ができました。

これまで勉強ばかりでろくな青春も過ごしてこなかった私にはすごく嬉しくて、自分はこんなに嬉しいんだから当然親も喜ぶだろうと思っていました。

電話で「彼氏ができた」と伝えた時、母の反応は私の想像に反してめちゃくちゃ悪いものでした。

あげく、その電話以降毎日のように電話をかけてきて

「小さい頃のあんたの写真を見て母さんは毎日泣いてるよ」

と言われました。

「私の幸せを喜んでくれないんだ」

と、すごく悲しくなったのを覚えています。

また、

「お兄ちゃんのことは何も言わないのに、私のことは認めてくれないんだ」

という気持ちが、母への不信感をさらに大きくしました。

この彼氏とはうまくいかず、5ヶ月も続かなかったと思いますが、この頃から私は荒れ、タバコを始めたり、好きでもない男とゆきずりの関係を持ったりするようになりました。

寂しさを埋めてくれるなら正直誰でもよかったです。

ヤレると思った男はめちゃくちゃ優しくて、ごはんもおごってくれたし、「かわいいね」とおだててくれたし、車で送ってくれたし、ホテル代も払ってくれた。

大学生とか、成績がどうとか、スタイルがどうとか、性格がどうとか、そういうのはどうでもよくて、ただ人間として、女として必要とされたんだって事実が私には嬉しかった。

からっぽの自己肯定感が一晩だけでも満たされたような。

私にとっては自分の存在を確かめる手段が男だったってだけで、リスカや薬物に依存するのと同じように、それは自傷行為に他ならないと今なら思います。

男と別れて帰宅すると、自分が体の中から汚らわしい存在であるように感じられて、何度体を洗っても邪悪ななにかがこびりついているような気分になりました。

自分でしておいてバカだと思うけど、そういうことをするたびに心身ともに傷ついて、自分のことが嫌いになって、それを癒すためにまた男を求めてしまうような、そんな悪循環がありました。

死にたいと思うことは何度もあったし、食事をしても食べた後に自分で口に指を突っ込んで吐くような、摂食障害になりかけたこともあります。

それでも生きたいと思えたのは、バンドをしていたから。

ライブハウスもまあまあ黒に近いグレーな部分はあったけど、同じような心の傷を音で理解し合えたようなとこもあったし、そういう闇を抱えた人の受け皿みたいな部分はあった。

自分よりやばそうな人も多くいたし。笑

結局自分を救ったのは、親でも学歴でもなくて自分がやりたいことだった、ってこと。

逆に「自分を冒涜しながら生きることは自分を滅ぼしかねない」ということをこの経験をふり返って今強く思います。


【彼氏というより家族が欲しかった】

学2年目の初夏、私は同じ学部の男子と付き合うことになりました。

別にすごく恋をしたわけでもなく、なんとなく付き合い始めた人。

試しに釣ってみたら釣れちゃったって感じでしたね、最初は。

相部屋でエアコンがなく、門限付きの寮生活に苦痛を感じていた私は、ほどなくしてその彼氏の部屋で半同棲をするようになりました。

ひとりぼっちになるのがイヤで、「帰れ」って言われてもなかなか帰ることができなかった。

もしかしたら彼氏が欲しかったんじゃなくて、家族が欲しかったのかもしれませんね。

完全に依存してました。

彼はかわいがってはくれたけど、きっと重たいとも思ってただろうな。

それは以前の記事にも書いた通り。

テトロドかあさん タイトル画像【毒親エッセイ・テトロドかあさん】もしかして毒親育ち?〜彼氏に尽くしてしまう重い女〜

その彼氏にフラれたのは、大学4年の9月。

卒業したらなんとなく仕事してなんとなく結婚できたらいい、なんて甘い考えは見事に粉砕され、就職活動もうまくいかず、自分の生きたい道もわからず、現実から逃げるようにして私はまた、自傷行為とも言える男遊びをしていました。

そんな私を見かねて、バイト先でよくしてくれていた人が

「いい人紹介するよ」

と紹介してくれたのが前夫です。

前夫もまた人生の路頭に迷っている最中で、当時は雀荘勤めでその日暮らしでした。

それでも寂しさを埋めるにはちょうどいい相手だった。

彼氏にすればゆきずりでもないわけだから、正当化したいだけだったのかもしれません。

恋愛ではなくて、お互いに一緒にいてくれる人を好きになろうとしただけだったと今では思います。

彼は結婚する前からずっとギャンブル依存症だったけど、私も1人になるのが怖かったから、ずっとそれを許してきた。

お互いにお互いの弱い部分を甘やかしながら暮らしました。

今度はお互いに依存しあう関係、だったと思います。

そんな彼と結婚を決めたのは、

「母に認められたい」

という思いが強かったと思います。

結婚すれば、自分を認めてくれるだろうと。

兄が私と同い年の人と結納をした、というのも大きかった。

私も幸せになりたかったし、幸せなんだと思って欲しかった。

だから、結婚するまでに前夫の借金を2人で返済してけじめをつけたつもりだったし、結婚パーティーを自分で企画して、精一杯のおもてなしをして・・・これで晴れて私は1人の大人としての扱いをされるんだろうと期待しちゃいましたね。

それでも、母は私に対してそのように接することはありませんでした。

4年後、離婚を電話で告げた時には、私の心配をするではなく

「( 前夫 )ちゃんがかわいそう!」

と吐き捨てて電話を切られたことからも、私に対する信用は一切ないのだなと感じましたね。

離婚を機に、私は依存体質から変わることになったのですが。


【寂しくてたまらなかった過去の私へ】

うしてふり返ってみると、本当にめちゃくちゃでしたね〜。汗

それでも、私はかなり運がよかったと思います。

心の弱っている女性を、利用しようとする人はたくさんいるから。

2017年にはSNSで自殺願望のある若者をおびき寄せ殺害するという、座間9人殺害事件が起きましたが、私はその被害者たちは本当は犯人に殺してほしいと思って会いに行ったんじゃないと思うのです。

「もしかしたら寄り添ってくれるのかもしれない」

そんなわずかな希望を抱いて、SNSで知り合った男に会いに行ったのではないか、と。

そんな極端な例でなくても、言葉や暴力で巧みに女性を操り、犯罪に加担させたり、貢がせたり、心身ともに破壊して、だめになったら使い捨てにするようなケースはたくさんあると思います。

また、私はこういう過去だけにエイズの検査を受けたことがあるんですが、もし私が出会った中の1人がキャリアだったら、私はもうこの世にはいないかもしれないし、高額な治療を余儀なくされていたかもしれない。

そんなリスクを、わざわざ自分から背負うことはないのです。

私が恥を忍んでこんなことをブログに書くのは、こんな危険な目にあう女の子が1人でも減ってほしいと願っているからです。

私はただ単に、本当に運がよかっただけなんです。

もちろん、女友達には「そんなことダメだよ」と言ってくれた人もいる。

でも、そんな女友達に、自分に口出しをする母親と同じうっとうしさを感じてしまって、聞く耳を持てなかった。

けどそれも仕方ないと思う。

だから・・・もし孤独を感じてどうしようもない女の子がこのブログを目にすることがあるなら、未来の自分が書いているのだと思ってほしい。

自分を大事にできないのは、親に愛されたいのに愛されなかった過去のせいかもしれません。

その寂しくて、つらい気持ちを男の人で紛らわせられたら、すごく楽です。

でも、親に対して募らせている寂しさを、違う人で埋めようとしても、埋められないんです。

だから、もし親に対して寂しさを抱いているなら、その気持ちを紙に書き出したり声に出したりして、心の整理をしてみてください。

私は自分と向き合うのがちょっと遅かったけど、そのようにして、だんだんと自分を取り戻しつつあります。

そして、男性依存の原因が親子関係にあるとするならば、まずそこから改善していかないと社会は一向によくならないし、負の連鎖は続いていくものだと思っていて、私のブログが、そんな世の中にちょっとでいいから風穴を開けられたらおもしろいな、とすら思ってるのです。

こんなめちゃくちゃな人生のこと、私にしか書けないと思うし。

1人でいるのは今はつらいかもしれないし、寂しいかもしれない。

でも、寂しさの原因をちゃんと理解しないまま逃げたら、一生寂しさを埋めるために何かに依存しなくちゃいけなくなる。

その生き方のほうがずっとしんどいです。

依存している相手は、本当は男性ではなくて親なんじゃないかな。

依存するから、ないとつらくなるんだよ。

親に思ってもらわなくても私は私のままで大丈夫。

寂しさの原因を手放すことができたら、きっとそう思えるから。

手放す勇気を持つために、自分を理解するんだよ。

それが自分を大事にするってことなんだよ。