音楽配信始めました!各配信ストアで「じゃばみ」もしくは「jabami」をチェック♪

【毒親エッセイ・テトロドかあさん】アダルトチルドレンの不妊症

テトロドかあさん タイトル画像

【不妊治療で不幸になっていく】

は、いわゆる不妊症です。

前夫との結婚生活4年間にも一度も妊娠せず、そして今の夫との結婚生活も、もうその4年を越えるけど、妊娠しない。

「もしや・・・!」と思った時に何度か妊娠検査薬を使ったこともあるけど、一度も陽性の線を見たことはない。

生理がくるたびに激しく落ち込んだり、ちょっとの体温の差でネットで検索しまくって一喜一憂したり・・・以前は精神的にすごく追い詰められていました。

少しのストレスにも過敏に反応してしまい、そういう精神状態が仕事にも影響してしまって、職場の人にもすごく迷惑をかけたと思います。

その間にも、学生時代の友達には次々と子供ができ、みんな母になって、疎遠になっていきました。

今の夫と結婚してからは、クリニックに通い、いろんな検査もしたし、薬を飲んだりしました。

悪い部分を治すための歯医者さんよりも、ただ診察されるだけのレディースクリニックの方が3倍以上も値段が高くて、お財布からはスイスイとお札が飛んでいきました。

それなのに母からはたびたび電話がかかってきて

「孫がほしい」「子供はできないのか」

とプレッシャーをかけられたり、

「親戚の〇〇ちゃん、子供ができたって」

と知りたくもない情報を与えてきたりしました。

ばあちゃんの葬式で集まった親族どうしの会話には、子なし夫婦は用もないみたいで。(別にいらんけど)

社会においては、子育て世帯には手厚いのに、子なし夫婦は「生産性がない」と言われ、税金の搾取はされるだけされ、産休や育休の人たちを支えているのは子供のいない人たちだってことには感謝もされない。

友達はいなくなり、親族からは孤立して、社会からは搾取されるだけで、重なる通院にお金はなくなり、自信も夢も未来も見えない・・・

幸せな人生を生きるための不妊治療で、だんだんと不幸になっていく自分がいるんですよね。。。

不妊治療に本腰入れてない私ですらそう思うんだから、ステップアップして長年不妊治療してる人はもっとそう思っていると思います。

私は何度も相方と話をして、不妊治療はこれ以上しないと決めました。

その途端、肩の荷がおりて楽になりました。

自分が置かれている状況は何も変わってないのに、です。

それだけ不妊治療が日々の生活に重くのしかかってたんだと思います。


【不妊にかかわらず不幸な人はずっと不幸】

妊症だろうが、母になれようが、幸せな人はずっと幸せだし、不幸な人はずっと不幸です。

それなのに私は不妊だから自分は不幸なんだと思っていました。

反対に、子供ができたら幸せになれる、とも。

その考え方自体が、アダルトチルドレン的だし、もし親になることがあれば「毒親」的だと感じます。

だって、子供の有無と自分の幸せは関係がないからです。

子供ができたらできたで、ワンオペ育児でノイローゼになる人だっているし、将来的にうちの母みたいに子供に嫌われてしまう人もいる。

でも、子供がいない時にはそういうことってなかなか想像できません。

赤ちゃんを抱っこして、家族みんなが祝福してくれて、やっと私は幸せになれる・・・

そんな幻想にすがってるから、母になれたとしても、思ってもない大変なことに直面した時に誰かのせいにしたり、ストレスを子供にぶつけたり、「産むんじゃなかった」と口走ったりするんじゃないんでしょうか。

子供を産んだら幸せになれると思っていたのに、どうして私を幸せにしてくれないの!って感じで。

子供を産んだら、幸せになれる

子供を産んだら、社会的に認められる

子供を産んだら、親は私を認めてくれる

それらは全て幻想であり、そう思ってるってことは、まだ見ぬ子供に依存している証拠です。

「子供を産んで初めて一人前」

とか言う人もいますが、それは真実ではないと私は思います。

子供が自分の価値を作ってくれるなんて期待しちゃダメです。

子供がいようがいまいが、自分の価値は自分で見出さなきゃいけないし、(何を一人前と言うかはわからないけど)子供の有無にかかわらず一人前にならなきゃいけないと思います。

だいたい、子供を産んでも一人前になれてない人なんてわんさかいるじゃないですか。

それに、親に価値を与えるなんてことを生まれてくる子供に背負わせたら、子供がかわいそうです。

その負担が、新たなアダルトチルドレンを育てるんだと思います。


【不妊が不幸かどうかを決めるのは自分の心】

測にすぎませんが、私の母は多分そのような幻想を少なからず抱いていたと思います。

皮肉にも、不妊治療をしていた時、私もそんな幻想を抱いてしまっていました。

だから、私は自分がアダルトチルドレンだと認識する前に子供ができてなくて心底よかったと今は思っているのです。

自分の子供も、私と同じように苦しめることになるところでした。

今では、もう子供ができようができまいがどっちでもいいやと思っています。

どっちにしても自分は幸せであろうという、自分に対する責任みたいなものが持てたから。

なんなら養子縁組も考えなくはないのだけど、うちはそこまでして子育てしたいわけじゃないからしないだけで。

不妊は全然不幸じゃないし、不妊だからこそできる生き方ってあると思うんですよね。

そういう考え方ができるようになったのは、岸見一郎・古賀史健著『嫌われる勇気』を読んだことがきっかけでした。

この本を読んでから、私はたびたび自分の状況を立ち止まって考えるようになりました。

それまでは、イヤなことがあったらくよくよと悩み続けたりしたんですが、何がどうイヤなのかを検証するようになったんです。

そうすることで、ムダに負の感情に引っぱられなくなったし、自分の理論に基づいた行動を起こせるようになりました。

行動に根拠が伴うので、今までは躊躇していた自分を表現することにも自信を持てるようになり、それによって他人がどう考えるかに左右されなくなりました。

その結果、考えたことを今こうしてブログに書けるようになったし、自分のいいところも悪いところも客観的に考えることができて、自分のことを受け入れられるようになりました。

だから、この本に出会えて、私は本当によかったなと思います。

不妊については、できたら希望通りに妊娠できて出産できるのがいいんだろうけど、そうじゃない現状を自分なりに受け入れて、自分らしく生きていくことが大切だと今は思っています。

大好きなお酒も飲めるし、自分のためだけにお金をつかってもいいんだし、好きな場所に出かけられるし、音楽やゲームも好きなだけ楽しめる。

最近は株の勉強をしてるから余計に思うけど、子供がいない分、子育てに直結しない部分の経済を回すことでも、十分社会に貢献できてると思います。

そうやって、それぞれがそれぞれの補完をし合って世界が成り立っていると思うから。

不妊が不幸かどうかを決めるのは自分の心です。

不妊を嘆く前に、自分と向き合う時間を持ってみることは大切だと思います。