音楽配信始めました!各配信ストアで「じゃばみ」もしくは「jabami」をチェック♪

【毒親育ちのエッセイ】#21 私は仕事が長続きしない

テトロドかあさん タイトル画像

【18年間に18の仕事をやめた】

は大学生で初めてバイトをしてから、これまで本当にたくさんの仕事をしてきました。

せっかくなのでしてきた仕事と勤続期間を書き出してみましょうか。笑

・持ち帰り専門寿司店(3ヶ月)

・派遣コンパニオン(11回)

・焼き鳥屋(1年)

・写真屋(半年?覚えてないや・・・)

・ライブハウス(2年半)

・SMバー(3回)

・割烹居酒屋(3ヶ月?覚えてない)

・高級焼肉店(3ヶ月)

・居酒屋チェーン店(4ヶ月)

・単発バイト(3回くらい)

・保険の営業職(半年)

・ボーカル教室の受付(半年)

・ラウンジスナック(3ヶ月)

・不動産会社の事務パート(4年)

・国会議員事務所の事務パート(5年)

・スパゲティ屋さん(6年)

・ヤフオクの出品代行会社(1年)

・ハンバーガーチェーン(1年)

で、現在無職です。ヒェーヒィエー!!

数えてみると18歳で初めてバイトをしてから18年の間に18個も。

平均すると年1ペースというクソっぷりです。(掛け持ちしたりしてたから実際はもっとひどい。)

てか、何この18の連鎖。笑

バイト先がつぶれたり、いじめられたり、いろんな理由で辞めてきたんですが、円満に辞められたと思うところはほんの数件のみ。

働きに行こうという勇気は、仕事に行き辞めるたびに削がれていきました。

そのたびに、自己嫌悪感が増幅して、社会との接点を失う経験値ばかりが増えていく。

社会との接点がないから、人とのコミュニケーションがどんどん億劫に感じて、どんどん内にこもる。

今まさに、そんな負のスパイラルの中にいます。

いや〜我ながら鬱々とした人生ですなぁ。あっはっは。

まあ根暗ミュージシャンらしくてそれもいいやと今では開き直ってますが。


【最初で最後の就職】

んな私でも、最初で最後の就職体験があったんですよ。

腹いせに書かせてください。笑

大学4回生になり、満を持して迎えた就職活動。

卒業を目前に控えた11月、やっとのこと内定をもらえた唯一の就職先が、生命保険の営業職。

嘲笑されるような圧迫面接もあったし(あの企業の製品は一生買わない)、社長面接まで行ったのに落とされることも数回あったし、長く苦しい就職活動だったので、やっと就職が決まって、本当にほっとしたし、頑張ろうっていう気持ちでいたのを覚えています。

大げさかもしれないけど、本〜当に長い就職活動だったから、やっと私の居場所をもらえたっていう気持ちもあった。

就職前の最後の春休みは実家で過ごしていたんですが、母に親戚から電話がかかってきて、会話の中で私の就職の話になったみたいなんですよ。

その時母の口から飛び出してきたのが

「あの子の就職先は恥ずかしいから言われん」

という言葉でした。

初めての就職先、私が必死で、やっとの思いで決めた就職先が恥ずかしい、と。

まるで私の生き様そのものが恥ずかしいと言われてるようで、全身に突き刺さるような思いがしましたよね。

結果的には、その生命保険会社も半年で辞めることになったのですが、恥ずかしいと思われているくらいだから、辞めるのにまったく躊躇はしなかったです。

当時は、普通に生きることに対する反発心がものすごく強かったし、自分の人生を生きるんだって思いがあった。

それは言い換えれば、就職活動で得た仕事を辞めることで、それまでの親に敷かれた人生のレールを断ち切りたいという気持ちでもありました。

だからそれ以来ずっと定職につかずにきたのかもしれない。

でも、結局は母からの呪いをずっと断ち切れずに今に至ってるんですけどね。

こうしてふり返ってみると、自分どんだけ愛されたがってんねんって健気にも思えてきます。

愚か、とも言うべきか。


【仕事をやめた時の心理】

にかく、こんなにたくさんの仕事を辞めてきただけあって、仕事が本当にイヤになった時の共通点がなんとなくわかったような気がします。

それが「上司の理不尽な言動」です。

特に、機嫌によって言うことがコロコロと変わる、指示に論理性を見出せない、不公平を感じるといった時に過敏に反応してしまうのです。

その後の主なパターンは以下の通り。

くよくよと自分を責める

自分の失敗が許せなくなる

上司に強い反感を持つ

ここは自分の居場所ではないと考える

仕事をやめる

マジでこのパターン多いです。

ちょっとの我慢で乗り越えられることがほとんどだったとは思いますが、私にはそれができませんでした。

今ふり返ってみて考えるに、その感情はその上司で初めて感じたことではありません。

というのも、私の母は意味もわからず突然キレることがよくあったし、父も機嫌によって態度が変わることがよくあったから。

また、できのよかった兄といつも比較されていたし、母は兄ばかりを褒め、褒められることのなかった私はそのことに不公平感と不信感を抱いていた。

いろいろ調べてみてわかったことは、そういった過去の負の感情が私に内在して、無意識的に私の言動や思考を作り出しているということ。

「インナーチャイルド」とかいう考え方もあるけど、要するに過去に親から受けてイヤだった感情の記憶が、大人になって似たような状況になった時に私の行動決定に影響しているということだと思います。

 

勉強さえさせときゃいいって思ってる親も多いと思うけど、人格を無視した教育をしてたらこんなに子供を苦しめるんだぞ。


【誰も信じられないけど人は好き】

は根本的に人のことは好きなんだと思います。

でも、どのくらい信じて、どのくらい仲良くなって、どのくらい自分を出せばいいのかよくわからない。

私のそんな違和感を感じ取るのか、せっかく仲良くなれたとしても、だんだんと距離ができていく。

そんなことでいつも傷ついてきたから、いつの間にか人と出会っても何も信じなくなりました。

職業も家族構成も、今この人が話してること全部が嘘だったとしても、この場が楽しければいいやって。

だから話を聞いても内容が入って来なくて、次に会う時に覚えてなかったり。

そんなの普通じゃないですよね。

だから、まともに働くことは正直言ってあきらめてる。

それに、そんな人が社会でまともに働けるようになるには、心の健康について相談できる場所が身近にもっと必要だし、心を育むことの大切さが社会にもっと理解されなきゃいけないと思います。

もしこのブログを読んでいる人の中に、職場で仕事をやめたいと言ってる同僚や部下がいる人がいるなら、心のケアが必要な場合があるってことは頭の片隅に入れておいてほしいです。

このようなことが少しでも多くの人に伝わって、1人でも多くの人が「生きづらさ」を解消できるなら、私もこのブログを書いてる意味はあるかな、と。

私は小さい頃から

「友達なんか信じるな。家族だけ信じればいい」

と言われて育ってきて、人間関係を育むべき年代の多くを机に向かい、勉強することに費やしてきました。

結果的には、友達も、両親も信じられない人間に育ちました。

当たり前です。

私には、人間関係を築くための経験値が圧倒的に少ない。

友達との時間もそうだけど、両親が私の話に耳を傾けてくれたことがどれだけの時間あったでしょうか。

人間関係は、人間関係の中でしか経験値を増やすことはできません。

同世代の友達と、近所のおじさんおばさんと、年の離れた兄弟姉妹と・・・いろんな人と時間を共有する中で、感情の使い方を子供なりに考えて学習していくのだと私は思います。(そう考えると現代っ子もかなり人間関係を築く時間は少なそうですが・・・。)

今さら私はその時間を取り戻せないし、友達がいなきゃいないで楽なとこもあるけど、、、もしまた働く勇気が出た時には人間関係を築くことにはチャレンジしたいですね。

100回ダメでも、101回目にはうまくいくかもしれない・・・なんて歌もあったし。(職歴欄には書ききれない時はどうしたらいいんだ?)

とにかく、私は私を見捨てないぞ。

まずは自分とうまくやっていくことから始めようと思います。