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【毒親育ちのエッセイ】#27 ダラダラといやなことを考え続けてしまう時

テトロドかあさん タイトル画像

【いつまで毒親育ちって言い続けるんだろう】

「この家はあなたの代でつぶれる!」

これは先日、私が夢の中で両親に放った言葉です。

最近はそういった夢を見ることはめっきり少なくなったんですが、時々こんな風に脳みそが暴走します。

母と絶縁してもう2年以上。

時間が経てば経つほど、思い出すことが少なくなって気持ちが楽になる・・・そんな風に思ってたんですけど。。

思い出すことが少ない分、こうして不意に夢見たりして一度思い出すと、しばらく苦しさを引きずってしまいますね・・・。

それでも、時々

いつまで私は「毒親育ち」って言い続けるんだろう。

そんな風に思うこともあります。

その言葉を使う時、私自身が気分のアップダウンの激しい人だってことや、人間関係を築くことがすごく苦手な人なんだってことを理解してほしいって気持ちがあります。

それでも人が好きだから、つながりたいんです。

このブログでも、明るい話題の記事と、この「テトロドかあさん」とを一緒くたにすべきかどうかで悩んだんですけど・・・でも、どちらも自分には違いないし、切り離すのは自分を偽ることだと思うんですね。(SEO的にはよくないとは思ってるんですけど。)

あとは、自分が「毒親育ち」って言っちゃうのは

「自分はこんなヘンテコな人間なんだけど、それは私が毒親育ちだからです!私が悪いのではありません!」

って言いたい気持ちもあるかも。

我ながら、これはこれでイタいな・・・。汗

いつまでもそんな「毒親育ち」っていう安住の地?に居続けたくはないよね。

じゃあどこを目指すのかって言ったら、こんなに気性が荒くて、ヘンテコな私でも堂々と自信持って生きられることです。

ハタから見れば十分そのように生きてるって言われるかもしれない。

でも、当の本人は、いちいち「私はこう思うからこうするのです!」って感じで、説明をつけないとやっていけないような気がしてね、、

自信を持つなんて、ほど遠い話なんです。。。

「毒親育ち」って克服するもんだと思ってたんですけど、一緒に生きていくしかないのかなぁ・・・。

いやだな〜・・・。


【トラウマ】

の2年の間、「自分はもう大丈夫」って言えるほどにメンタルを鍛えてきたつもりでした。

親に何を言われても、自分はもう十分に考えたし、十分に大人になった、と思ってました。

両親とは2回ほどコンタクトをとるきっかけがあり、結果、2回とも撃沈。

その後のフラッシュバックがきつくて、しばらく立ち直れませんでした。

そしたら、「もう大丈夫」が「もう絶対ムリ」に変わってしまいました。

母は私の中で以前よりももっと危険人物になったし、その母の言いなりになっている父にも嫌悪感を抱くようになりました。

過去の経験と、直近の体験がトラウマをさらに確信的なものにしてしまったって感じかな。

「それならそうと、親のことなんかすっきり忘れて生きていけばいいじゃない」

そう思う人も多いと思います。

私も、そうできたらどんなに楽だろうと思う。

でも親のことをすっきり忘れられる子供っているんでしょうか。

それに、そんなに簡単に割り切れていたらトラウマとは言わないわけで。

だって、普通の人は冒頭に書いたような、夢の中で両親を罵倒する夢なんて見ないでしょう?

自分が必要な人間とは思わない、なんで生まれてきたんだろう、なんて時々死にたくなったりしないでしょう?

そんな「普通」の生き方に憧れる、悲しい人間なんですよ。

本当はそういう自分だなんて、思いたくないし、親がそうだなんて思いたくもない。

でも、実際はそうだから苦しい。

これが一生続くのかと思うと、私をこんな思考にさせた親が憎い。

正直言って、そう思います。

トラウマ以外にも、自分が自分として生きるために思い出し続けるってのはあるかもしれない。

「あの時、あんなことを言われたけど、やっぱり親がおかしかったんだ」

そう思ってほっとする。

そうやって時々自分を正当化して自分を保とうとしているのかも。

だから、忘れた頃にわざわざ私に夢を見させて、「私が正しいんだ!」って思わせようとするのかな。

・・・脳みそに直談判できるんなら、もうやめてほしいんですけど。

それぐらい、親から否定され続けてきたことって私の中で根深いんだろうなと思います。


【ぐるぐるした思考を止めたい】

「じゃあ親が謝ってくれれば気がすむのか」って自問自答するんですけど、謝って許したら、また同じことの繰り返しになって、また傷つくことになる。

「もしかしたらうまくいくかも」

2回コンタクトを取った時も、その、ほんのわずかな希望を持つがゆえに悪夢のような現実を見た。

それなのに、私はまだ心のどこかで本当は親と仲良くしたいって願っている。

・・・私はバカか。

ただ、私が仲良くしたい親というのは、突発的に気分を害するようなことを言ったり、逆ギレしたりするような親ではなく、お互いに敬意を持って大人の会話ができる親なんですよね。

残念ながら、それは私の理想であって、うちの親じゃない。

私が「もしかしてうまくいくかも」と期待する親なんて実在しないんですよ。

妄想、ですね。

そんな妄想を抱いちゃってること自体が、私でない私を思い描いている親とダブる。

うわ〜気持ちわるっ!

自分に嫌悪感。

だから、もう無理なんだってば!

こんな思考の繰り返しです。

・・・このぐるぐるした思考をどうしたら止められるんだろう。

そう思ってネットで調べると、ぐるぐる考え続けることは「反すう思考」と言って、ひどくなると「うつ病」にもつながるんだとか。

自分で意図的にやめようとしないと、なかなかネガティブな感情からは抜け出せないみたいです。

それを脱却す方法を調べながら思い出したのが、SNSで誰かが教えてくれたオノ・ヨーコさんの「Bless you(あなたを祝福します)」という話。

ジョン・レノンさんが亡くなった後、多くの人から誹謗中傷を受けたオノ・ヨーコさんは、その相手に対して「Bless you」と祈ることで、自分の心の中の恐怖心を払拭することができたそう。

出典は何だろうと調べると、オノ・ヨーコさんの著書『今あなたに知ってもらいたいこと』とのことなので、興味があったら探してみてください。

「祝福する」ってのがピンとこない場合は、「神のご加護がありますように」とか、もっと簡単に言うと「ありがとう」って意味に考えるといいと思います。

私自身はこのことを知ってから、親のことではなくても、人のことでいやな気持ちになった時は「Bless you」と頭の中で相手を祝福することにして、それ以上は考えないようにしています。

相手を祝福するって、メンタル的には相手の上にいるんだと思うんですよね・・・だから、冷静でいられるし、悪い気持ちはしないです。

それ以上考えても、自分にはもう何もできることはないんだし。

必要以上に、自分も相手も悪者にしないで済むし、ネガティブな感情に自分を持っていかれることもない。

相手に対する自分の感情を無視するでもなく、なかったことにするでもなく、きちんと受け止めた上で「祝福する」という具体的な行動をとる。

自分の中で「よし、祝福したぞ」って思ったら、自分の気持ちに一旦はけじめがつけられるのかなって思います。

それでもまだダラダラ考え続けてしまうなら、また祈ればいい。

そうやって少しずつ、前を向いていかなくちゃね。

こういうことを考えてると、どうしていやな思いをさせてきた相手のために自分のメンタルを変えなきゃいけないのって思わなくもないですが、それが楽に生きるための通過点なのかなと思います。

前述の言葉を使うなら、憧れの「普通」の生き方に近づく方法・・・なんかな。

・・・最初から普通に生きさせてほしかったよね。

Bless you。。。