【4コマ漫画】テトロドかあさん #20 母の日はいらない

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夫婦円満ユーチューバーKŌJIYA の じゃばみ(@jabamichan)です。

4コマ漫画「テトロドかあさん」は、アダルトチルドレンだと自覚するじゃばみが、アダルトチルドレンを克服するために描いているノンフィクション漫画です。

まずは、今日の4コマ漫画をどうぞ。

 

アダルトチルドレン 毒親 4コマ漫画 テトロドかあさん


 

【母の日について思うこと】

 

さて、今回の漫画は「母の日」について思ったことについて書きたいと思います。

 

実家で母とケンカして実家を飛び出したのが5月初旬。

その1週間後は母の日、ということでスーパーに行ってもどこに行っても「母の日」「マザーズデイ」「お母さんありがとう」などのポップがいやでも目に入ってくる。

 

いやいや、こっちは早く忘れたいと思ってるのに・・・

 

これほどまでに、母の日がうっとうしいと思ったことはありませんでした。

もちろん、今回の母の日には何もしていません。

 

 

・・・っていうか、母の日ってなんなんでしょう?

小売店がなにかしら動機付けして物を売るためのただの販促キャンペーンじゃないの?

 

本当にお母さんに感謝するんだったら、わざわざ5月にならんでも、ありがとうって思うタイミングに各々がすりゃいいだけの話。

スカーフだの、ハンカチだの。

物が捨てられない世代の人にあげたって、負の遺産が増えるだけやん。

 

・・・と、関係のない小売店の「母の日」にも八つ当たり感情をむき出しにしてしまう始末。

母の日が過ぎるまでは、スーパーに行くたび重い気持ちになっていました。

 

 

そんな具合に、母親と距離を置きたいアダルトチルドレンにとっては、母の日って結構つらいものですよね。

私なんかはまだいい方で、例えば過去に虐待を受けてトラウマを持っている人、母親がいない人はもっとつらい気持ちで過ごしているんじゃないかと思います。

 

 

かく言う私は、これまで「母の日」には手紙を送ったり、せめて電話をしたりと毎年何かしらはしていました。

なので、何もしない「母の日」ってのはここ10年ではなかったです。

 

・・・というのも、いつだったか母に電話で

「母の日なのに電話もないんかね。」

って催促の電話があったからだけど。苦笑

 

 

 

最近は、多様性の時代とか言われてるにもかかわらず、

「母の日にはお母さんにありがとうと伝えましょう」

だとか、押し付けがましいにもほどがあると思います。

 

さらに、親にいろんな理由で感謝の気持ちを持てない人に対して

「親不孝だ」

「かわいそう」

など罪悪感を抱かせたり、非難するような言葉を浴びせるケースもネット上では見受けられます。

 

誰に言われんでも、感謝できたらしとるわ。

みんながみんな同じような良好な家族であるわけはないし、マジョリティから外れた考えを持つ人に対して寛容性のない世の中だなと感じています。

そうでなくても、「普通」から外れていることに対しておびえて暮らしているのに。

だからアダルトチルドレンにとって社会は「生きづらい」ということになるんだろうと思います。

 

そういうわけで、母の日なんかいらないと私は思います。

 

 


 

【自分の誕生日こそ親に感謝する日に】

 

その代わりと言ってはなんですが、私は自分の誕生日にこそ親に感謝する日とするべきだと思います。

だって親がいないと自分は存在しないんですもん。

誕生日のない人っていないですし。

 

正直、誕生日を祝われても何も嬉しくないんですよ。

自分の力だけで生きてきたわけじゃない。

親だけじゃなく、いろんな、たっくさんの人に迷惑かけて今の自分がいる。

だから、「おめでとう」なんて言われても、「いやいや、みなさんのおかげですし」としか思わない。

 

あと、SNSでの誕生日祝いが非常に不愉快。

普段何のコンタクトもないくせに、誕生日になると意気揚々とメッセージ入れてくるやつ。

嬉しいと思うの?そういう祝われ方して。

てか、お前誰やねん。

 

なので、SNSで誕生日を晒すのはやめました。

 

 

ということで、自分の誕生日は人におめでとうとか言ってもらわなくても、自分の親にそっと感謝する日ってことでいいと思います。

 

 


 

【母は人に感謝することができない】

 

 

しかしながら、私は母が実母であるばあちゃんに感謝を伝えるシーンを一度も見たことはありません。

 

代わりに

 

「あんたに育ててもらった覚えはない」

「死にたいなら早う死にぃ」

「親なんやからやって当たり前」

 

など言いたい放題でした。

 

私は、ばあちゃんにそういうことを言う母が大っ嫌いでした。

 

母が仕事で家にいない間、ばあちゃんが洗濯や炊事をしてくれたから、うちの家は家として成り立っていたんです。

でも、母は自分が生活費を稼いでいることや自分のやりたいことばかり考えて、支えてくれている他の家族のことは頭にないみたい。

ばあちゃんが死んだ時でさえ、「ありがとう」という言葉は聞けませんでした。

そもそも母親に向かって「あんた」呼ばわりできる人なんてそういないと思います。

 

そう、母は人に感謝ができない人です。

そして、人に「ありがとう」「ごめんなさい」を伝えることはもっとできない。

 

自尊心が傷つくのが怖いんだと思います。

「ありがとう」と言うと相手を認めた気がする、つまり自分が負けた気持ちになるから。

「ごめんなさい」は自分の非を認めたくないから。

 

 

そこまで考えると、もはや母は発達障害の域なんじゃないかと思ってしまうとこもあるのですが。

おそらく、うちが代々続く家(大した家ではないですが)の本家で、母が長女だから、跡継ぎとして甘やかされて育ったんだと推測します。

 

そんな人が娘に対して「母の日に電話もないのか」と言ってくる。

自分は感謝されるべきである、とでも言わんばかりに。

 

私は、そんな母とどう付き合えばいいのかわかりません。

 

そして、人間心理として「感謝されるべき」と思ってる人に感謝ってしにくいと思います。

「してあげている」みたいな恩着せだったり優越感だったり、そういうのを感じるから。

 

そして、母の言葉を借りて言うなら、親ならやって当たり前のこと。(私自身は、そんな風には思っていませんが。)

母は年中無休で働いて私たち兄妹を大学まで行かせてくれた、それ自体は親として立派なことだと思います。

ただ、やっぱりその端々で「誰のおかげで・・・」みたいな言い方をされると、素直に感謝できないですよね。

 

そう言っている母だって、じいちゃんが残してくれた土地に暮らし、ばあちゃんのおかげで安心して仕事に行き家に帰ったらあったかい食事がとれ、父さんのおかげで心安らかに毎日を過ごすことができたんでしょう。

 

だから、みんなのおかげだよ。

そうやって補完しあって生きてきたんじゃない。

それ自体が「有り難い」ことであり、「謝を感じる」べきことなのでは。

あなた1人の力じゃないでしょう。

 

そう言えば、このケンカの発端も「誰の金で生きてると思ってるのか」という発言でした。

そのお言葉、そっくりそのままお返しします。

 

 

「ありがとう」「ごめんなさい」

物心つく頃に、一番大切な概念として心に刻むべき言葉だと思います。

物心を失う前に気づいてくれたら、きっと幸せになれるのになと思いますが、難しい話でしょうね。

 

 

そんなことを考えている、誕生日数日前の私なのでした。

私を生んだことは忘れると母が言っていたのでもういいんでしょうが・・・

私はこの世に生まれて、愛する人と出会い、愛する歌を歌い、面白おかしく生きている今がありがたく、その機会をくれた母に感謝しています。

お母さんありがとう。

そして、思い通りにならなくてごめんなさい。

 

 

つづく