私の親は、先生や近所の人からいつも「教育熱心だね」と賞賛されていた。
でも、その裏側で私は親からの精神的な虐待に少しずつ心を蝕まれていた。
この記事では、教育熱心な親でも虐待になりうることを私の体験談をもとに書いてみようと思う。
【教育虐待とは何か】
私の思う教育虐待は、
教育という名の元に、思い通りにならなければキレる、お金を人質に言うことを聞かせる、など「心理的虐待」と「金銭的虐待」で子を支配する
ということ。
私には毎日勉強のノルマがあり、守らなければ叱責がきつかったし楽しむことも許されず、心理的なプレッシャーが大きかった。
ただ、私は親から認められたいという気持ちが強かったから、勉強自体が心底嫌だったというわけでもない。
勉強が理由で同級生から距離を置かれ、コミュニケーションが苦手になったことや、誘導尋問のような形で親の気にいるような進路を選ばされ、そのことで自分の生きる意味を見失ったことなど複合して、親の教育のせいで背負わされた生きづらさそのものが、「教育虐待」という言葉に集約されていると思う。
暴力などによる虐待よりも軽く見られがちだけど、親の承認欲求の道具として利用され、尊厳を傷つけられ、その後の人生を狂わされるという点では、そんなに大きくは変わらない。
むしろ虐待されている時にはそうだと気づけず、後々になって心を壊してから「あれは虐待だった」と認識することになるため、タチが悪い。
【教育虐待する親の心理】
私の親のことを一例にするけど、貧しい家庭で育ち、学歴は高くなく、劣等感があった。
その劣等感をもたらした祖父母に対する承認欲求の強さ、それこそが教育虐待の元凶だと私は思っている。
「親よりも子の教育にお金をかけている私は認められるべきだ」
「子をいい大学に行かせれば、親よりもいい親であるはずだ」
あくまでも推測にはなるけど、私の親はこのような気持ちで教育をしていたと思う。
「子のため」と言いながら、自分の承認欲求を満たそうとしていただけだ。
子が失敗すれば、自分が満たされないのだから、感情的になるし、思い通りにコントロールしないと気が済まないのだ。
【教育虐待を受けた人へ】
小さい頃から教育虐待を受けていると、それがふつうのことで虐待だとも気づけず、苦しむ人が多いと思う。
「自分が不出来だから悪いんだ」って、私も自分をたくさん責めてきた。
「あれは虐待だったんだ」と認識してから、親への見方が変わり、支配から逃れたことで、少しずつ自分を取り戻していった。
失った人生の時間に絶望を感じてしまう人もいるだろうけど、それでも自分をあきらめなければ、後の人生はそこそこ楽しいものになる。
この体験をしてきたことが、自分の強みにだってなりうる。
親に傷つけられた子供たちが1人でも自分らしい人生を歩めるように、私も発信を続けていこうと思うので、どうか人生に悲観的にならずに、前を向いていてほしい。
↓教育虐待の体験を歌にしてみました。
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