食事に感謝する

夕方、テレビで海鮮丼のお店が好調だというニュースを観た。

なんでも「さくっと食べられてコスパがいい」からだそうだ。


【さくっと食べる、とは】

自身、若い頃は「さくっと食べる」ことをよくしていた。

でも、それは自分自身と自分を構成しているあらゆる生命を軽んじる行為だったと今は思う。

食べ物が口に入るまで、材料に使われた生命だけでなく、収穫、製造、販売、運送、調理などなど、たくさんの生命が関わっている。

私が「私」だと思っているものは、本当はたくさんの生命でできているんだということ。

それをさくっと食べるなんて、回り回って自分の労働が搾取されることを肯定するようなもんじゃないかなって。

大切にされたいなら、大切にせねば、と思う。


【生きる喜びを味わう】

腹が満たされれば生きてはいけるけど、なぜ人間は複雑な味覚を持って生まれたのか。

食べることが大好きな私には、生きる喜びを味わうためとしか考えられない。

それを深く感じないまま日々を漫然と過ごし、他人の栄光を妬み、自分の身の丈に合わない願望に振り回されては自己嫌悪に陥る……それが人生なら、自分のために命を尽くしてきた生命がもったいない。

さくっと食べたものがカロリー以上の何かをもたらしてくれるだろうか?

何でもありがたがっておいしく食べれば、それが細胞の隅々に行き渡って、私のために働いてくれる。

私が人生を楽しむことは、あらゆる生命への恩返しになる。

そのための味覚なんだと思い込んでいるから、私はもうもうさくっと食べるなんてことはしない。

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